
俺は「エアート」に引き抜かれた。
きっかけは一本のコールだった。その時の俺は、署の自分のデスクに向かって、毎度お馴染みの始末書書きに追われていた。著しい器物破損の咎で謹慎処分、だと。冗談じゃない。俺の仕掛けたスパイダが天使をあの世に吹っ飛ばしてなかったら、あの一角はいまごろ、遅ればせの千年王国の降臨を向かえてたってもんだ。タウン西地区全体で天使どもがダンスを踊ることに比べたら、ショッピングモールの一角が吹き飛んだくらい、なんだってんだ。
コールが入ったのはその時だった。俺はイライラしながらターミナルを引っ掴んだ。
「グラハム・ブローカインは現在謹慎中。他を当たってくれ。じゃ、あばよ」
相手がどう思おうと知ったことか。俺はそのまま通話を切ろうとしたが、ターミナルから聞こえてきた相手の反応は、俺の予想のどれとも違っていた。いきなり笑い出したのだ。しかも女の声。
「ご挨拶じゃない、ブローキィ。相変わらずそうで安心したわ」
俺は通話を切ろうとしていた指を止めた。この声は知っている。というより、俺を『ブローキィ』なんてふざけた呼び方で呼ぶ女は一人しか知らない。
「…ミリアム?ミリアム・ヤンセンか?」
「あら、まだ覚えててくれたの。嬉しいわね。でも、ミリアム・フォアホーンよ。離婚したの」
「おやおや」
俺は苦笑いした。まったく、この女らしい話だ。
ミリアムとはかつて、2年間コンビを組んだ。俺の始末書の量が、まだお歴々の我慢の限度を越えてなかった頃の話だ。俺は問題だらけのスパイダ使いで、彼女は問題だらけのエリートだった。彼女はスパイダの使用技能習得という名目で、俺につかされた。俺はスパイダなんぞ馬鹿でも使えると言い、彼女は、天井から単分子でぶら下がる地雷を振り回すなんて気が知れないと言った。俺は彼女を阿呆呼ばわりし、彼女は俺を命知らずのとんまと呼んだ。そんなこんなで、気がついてみると、俺たちはお互いに、今まで組んだ誰とよりもウマが合い、結局ずるずるとコンビを続けていたのだった。
だが、ミリアムは問題だらけだったが世渡りはうまく、最後はどこぞの新設された部門にめでたく栄転していった。同じ課の連中にせがまれ、びっくりパーティの一環として、俺は彼女のデスクの上に栄転祝いを置くと、その前に炸薬を抜いたスパイダを張ってやった。彼女がやってきて、祝福の声の中、自分のデスクの前にスパイダが張ってあるのを見ると、皆の見守る中、たっぷり10秒は目の高さにあるスパイダを見つめた挙げ句、おもむろに仕事道具を取り出すと、鮮やかにスパイダの作動停止手順をこなし、単分子を再び本体に巻き取った。皆の歓声と拍手喝采の中、見事に栄転祝いを手にとった彼女は、俺に向き直ると、スパイダの信管をこちらに投げて寄越して、笑いながらこう言ったものだった。
「これが単分子でちょん切れたわたしの指でなくて残念だったわね、ブローキィ!」
俺たちは心のこもった抱擁を交わして、そして彼女はいなくなった。愉快な相棒だった。
それが2年前だ。それ以来、彼女の音沙汰はぷっつりと途絶えていた。
今の今までは。
「まったく、久しぶりじゃないか。便り一つ寄越さないんだからなぁ。よろしくやってたか?」
「ぼちぼち、よ。今やってる仕事は、旅から旅の渡り鳥でね。忙しいけどそれなりに充実してるわ。それより、そっちもなかなか頑張ってるみたいね。聞いたわよ、西地区の一件。天使をスパイダ一発で仕留めちゃったんでしょ。すごいじゃない」
やれやれ、だ。
「誉めていただけるとはありがたいね。やっこさん、ふわふわしながら、まともに廊下に張ったスパイダを突っ切ろうとしたから、重なった瞬間にスパイダを起爆してやったのさ。風船みたいに爆ぜちまったから、やったと思ったら、爆発がガスに引火してね」
思わず肩をすくめてしまう。
「後はご覧の通りさ。吹っ飛ばされた店のオーナーは署に殴り込んでくるし、それで部長は俺のデスクに殴り込んでくるし、おかげで今は謹慎で始末書をつらつら書く身。次やったら、たぶん今度こそ首がないな」
ターミナルの向こうでミリアムがくすくすと笑う。それから、妙に真面目な声で、
「それも知ってる。あんた、自分のケツに火がついてるって知ってた?ベーリング部長はあんたを世界の果てまで蹴り飛ばすつもりでいるよ。たぶん、スパイダなんて二度と触れないような閑職に就かされて、一生日の目なんて見られないでしょうね」
「俺のケツはあぶられすぎでもう炭化してるよ。それに、その話を聞いても、もう全然驚かないな。見せたかったぜ、部長が真っ赤になって俺をどなり散らしているところ。一応、配置換えも申請してるけど、この分じゃとても希望がもてそうにないな……」
そこまで話して、やっと俺は、彼女の話のおかしなところに気がついた。
「ちょっと待て。2年ぶりに連絡してきたお前が、なんで俺の人事関係まですっかり心得てるんだよ?電話する前に、相手の身辺調査までやるのがお前の流儀か?」
ターミナルの向こうで、ミリアムが、呆れ果てた、といった感じで嘆息した。
「そこらへんの頭の鈍さも相変わらずねぇ、ブローキィ。ただのご機嫌伺いだったら、なんで私がベーリング部長と話し合ったり、あんたのために書類を書いたりしなきゃならないのよ。せっかくあんたのケツを救ってあげられる話を持ってきてあげたのに、報われないわねぇ」
俺はすっかり事情をつかめなくなってしまっていた。俺のケツを救うだって?なんで、今では赤の他人のミリアムが、俺のためにベーリング部長と話したり書類仕事をしたりしなきゃならないんだ。それに、そもそも分からないのは、なぜその話を持ってくるのが、よりにもよってミリアムなのかということだ。
「おい、俺にはなんのことだかさっぱり──」
「わかんなくていいのよ。これから話すんだから。今日はね、あんたにこの話を持ちかけるために連絡したの。でも、とりあえず簡単に言うとこういうこと。あなた、どうせタコツボに蹴り飛ばされるなら、居心地のいいタコツボに蹴り飛ばされたくはない?」
俺は嘆息した。ミリアムと話すと、時々、話が先走りすぎて、話題がつかめなくなることがある。昔、組んでいたときには、そのおかげで色々と面倒な思いをしたものだ。ミリアムがせっかちなせいなのか、それとも本当に俺の頭が鈍いせいなのかは、結局分からなかったが。
「まだ、全然、さっぱり話がつかめないぞ。とにかく、まず、ことの始まりから、順序だてて、ゆっくり説明してくれ。オーケー?」
「オーケー。鈍いあなたにもよく分かるように、ことの始まりから、順序だてて、ゆっくり説明してあげる」
ミリアムがターミナルの向こうで息を吸い込んだ。そして、こう言ったのだった。
「あなた、エアートって、知ってる?」
◆
「エアート?」
「エアートよ。A、E、R、T。対天使緊急対応チーム」
◆
いつ頃からだろう。この世に<天使>が舞い降りるようになったのは。
学者先生方は現在に至るまで延々と天使の発生原因について議論してきたようだが、俺が知る限り、満足に説明をつけられた奴は一人もいないはずだ。とりあえず、俺は、天使については、自分の目で見たことしか信用しないことにしている。
とはいえ、俺もたいしたことを知っているわけではない。ただ一つ、確実に言えるのは、死んだ人間が天使になるってことだ。これは比喩的な意味ではない。このことは、俺が自分の目ではっきりと見たから、自信を持って言える。俺が初めて天使を見たときのことだ。
その時、俺はまだぺーぺーの新米警官だった。先輩のジョリスと組んで、パトカーで巡回中に、本部から緊急コールが入った。俺たちが今いるところから程近い食料品店で強盗事件が発生したとのことだった。いまいましい。俺たちはぶつくさ言いながらも、件の食料品店に急行した。俺もジョリスも、天使のことなんぞ微塵も考えていなかった。
現場についてみると、犯人はとんだ気違い野郎で、ところかまわず銃を乱射し、店内の人間は犯人以外は全員、既に射殺されてしまっていたようだった。べったりと血糊の張り付いたショーウインドウが、犯人の放った銃弾で弾け飛んだ。俺はすっかりぶるってパトカーの後ろに飛び込んだし、ジョリスは本部に応援を要請するのが精一杯だった。それから、通りを挟んでの銃撃戦になった。
俺の撃った弾が犯人の胸をまともに捉えたのは偶然だった。やっこさんは血を撒き散らしながらもんどりうち、店の床に大の字になったっきり動かなくなった。応援は未だに現場に着いていなかったから、俺とジョリスは銃を構えて、慎重に店内へと足を踏み入れた。店内では、犯人の他に、その店の店主を含めて3人が血の海の中で倒れていて、その上さらに、さっきまでの応酬で撃ち抜かれた缶詰やらドリンクやらが床にこぼれ落ちていて、足の踏み場もないほどだった。犯人は血と混じりあって赤く染まったオレンジジュースの海に倒れたまま、ぴくりとも動いていなかった。どこからどう見ても死んでいた。完璧に。とりあえず俺たちは、厄介事が片付いたことに安堵し、ジョリスは犯人の死体を爪先でつつき出す始末だった。
その時だった。犯人の死体が、たっぷり30センチも跳ね上がった。
さらに厄介だったのは、死体が跳ね上がったっきり、浮かんだまま落ちてこないことだった。
俺とジョリスが馬鹿みたいに口をあんぐりと開けて見守る中、犯人の口ががばりと開き、そこから、断じて人間が出せるとは思えない、澄んだテノールの和音のような声が朗々と響き渡った。そして、白く輝き始めた。
俺たちは足に根が生えたように動けなかった。
輝きが強まり──でも、周りの物に光が反射してない、と俺は奇妙に落ち着いて考えていた。感覚が麻痺してたんだと思う──再び弱まったが、奴の体には、未だに白い輝きが燐か後光のようにまとわりついていた。死んだはずの奴が宙に浮かんだまま、上体を起こしても、俺はもう何も驚かなかった。奴は何も身につけていなくて、まるで水晶細工のようになめらかな肌をして──誓っていい、金属のような光沢が見えたんだ──奴の顔と来たら、文字通り天使のごとく美しい顔だち。これも誓っていい、死ぬ前の奴は、こんな美丈夫じゃなかった。
奴が宙に浮かんだまま立ち上がり、あの和音の声で吠えながら、背中の翼状被膜を広げたとき、やっと俺たちは魅入られたような金縛りから醒めた。俺は出口のすぐそばにいたから、あられもない体裁で脱兎のごとく逃げ出すことができた。
だが、ジョリスはそれほど運がよくなかった。彼は天使を挟んでおれと反対側、店の奥の方にいたのだ。
俺が最後に見たのは、ジョリスの方に向き直った天使の背中だった。
俺は動転するあまり、その後は後ろを振り向きすらしなかったが、背後から聞こえてきた音を忘れることは一生ないだろう。ジョリスの悲鳴が聞こえ、銃声が3発。また悲鳴がして、ジョリスの足音。不揃いだった。足がもつれていたのだろう。銃声が2発。店の奥で、胸が締め付けられるような、引きつった悲鳴が一回。銃声が1発。そして、沈黙。
天使はまったく音を立てなかった。
俺がもつれる足で通りに飛び出した頃、やっと応援のパトカーが数台到着した。数人の警官が俺を押さえようとしたが、俺は口から泡を吹いて逃げ出そうと暴れまわっていた。他の警官は、店内に目を向けた奴から順番に、凍りついたように動かなくなった。滑稽な光景だった。
天使が水銀のようにけだるい動きで、店の外に出ようとしているところだった。
それが俺の頭のスイッチを入れた。俺は絶叫しながら、弾倉が空になるまで天使に弾を撃ち込んだ。
弾の当たったところが雲散し、それからフィルムの逆回しのように、再び凝集して元に戻った。天使には、傷一つつけられなかった。
後は、誰も、何も言わなかった。ただ、全員が天使に向かって発砲を開始しただけだった。
集中砲火を浴びた天使の輪郭が霞のように流れた。銃撃の手が緩むと、その輪郭は再びはっきりとした姿を取り戻した。俺たちはただひたすらに撃って撃って撃ちまくった。天使は砲火の前に、店の外に出ることこそかなわないようだったが、俺たちの撃った弾はと言えば、店の中を蜂の巣にするだけのようだった。
最終的には、どこぞで押収されたっきり、パトカーのトランクに放り込んだままになっていた、M72バズーカがケリをつけた。俺たちは容赦しなかった。店から爆炎が噴き出しても、既に誰も何とも思わなかった。炎が収まったとき、天使の姿はどこにも見えなかったが、遠巻きの消防車の放水が店内を鎮火させても、たっぷり30分は、誰も店内に踏み込もうとしなかった。
最初に意を決して店内に踏み込んだのは俺だった。店は全ての物がなぎ倒され、焼け焦げ、ちぢれていた。
ジョリスの遺体は店の一番奥にあった。他のものと同じように焼け焦げていたが、それでも、口に突っ込まれたオートマチックが彼の後頭部を吹き飛ばしているのは分かった。ジョリスは天使に追い詰められて、最後の1発で、自分で自分にケリをつけたのだった。最後の瞬間に、彼が何を見たのかは、誰にも分からないだろう。しかし、俺が彼と同じ立場だったら、きっと同じことをしただろうと思う。
この気持ちは、実際に天使の目を覗き込んだ奴でないと分かってもらえないだろう。
この件で、俺は始末書を死ぬほど書かされた。俺の始末書人生の始まりだ。だが、それももう、どうでもよかった。
天使と化した犯人の遺体は、最後まで見つからなかった。
◆
ミリアムは話した。俺は聞いた。
2年前の彼女の栄転先というのが、他ならぬその対天使緊急対応チーム、通称エアートだったらしい。エアートは天使に対応するためのノウハウを集中的に蓄積するべく新設された部所で、故にその任務も、天使を処理するということに限られる。任務の性質上、極めて危険な作戦行動を余儀なくされることが多いので、隊員の選抜基準は厳しく、各界のエキスパートである必要がある……。
「で、今までは天使を仕留めるのに、アーティファクトを使うしかなかったんだけど、最近、エアート内部で、通常兵器を使って天使を撃退する方向を探る動きが強まってね。その使用兵器候補の中でも、スパイダは特に注目されてるのよ。だから、スパイダに精通した隊員を新規に募集しようって話が出たときに、私があんたを推薦したのよ。ぴったりのいい人知ってます、ってね」
アーティファクトって一体何だ、と聞くのは止めておいた。
「それでうちの人事部が調べてみたら、あんたは前にも増して問題だらけで、首の皮一枚で辛うじてつながってるだけ。しかも、今すぐにでも蹴り飛ばされそうな感じだったから、私が急いで介入して、あんたのエアート移転話をまとめたってわけ。どう?悪い話じゃないと思うけど」
「……ミリアム」
「なに?」
「お前、俺の与り知らぬところで、俺の人生の選択のお膳立てを全部すませたってのか」
「いいじゃない別に。後はあなたが首を縦に振るか横に振るかよ。その方があなたも簡単でしょ」
「今の話を聞いてると、俺には道が一本しか残されていないように聞こえるがな。選択の余地はないのか?」
ターミナルの向こうでミリアムが笑った。
「もちろんあるわよ、私は別に強制してるわけじゃないもの。あなたがエアートに来て、自分の技能を生かしてやりがいのある仕事を続けるか、署の地下の薄暗い部屋で、一生郵便物の分別をして終わるかは、まったくあなたの自由よ」
俺は思わず呻いた。
「ちょっと、なにぶつくさ躊躇ってるのよ、ブローキィ。一体この話のどこが気に入らないわけ?」
気に入らないわけではなかった。と言うより、実のところ、自分でも意外だったが、かなり乗り気になっていたのだ。とにかく渡りに船のありがたい話であることに間違いはないし、何かするごとに始末書を書かされる今の職場には微塵も未練はなかった。だが、なにより、天使を専門に処理する、という部分に俺は強く惹かれていた。あの時、あの荒れ果てた食料品店で、ジョリスの濁った瞳を見たときから、俺はずっと、この機会を待っていたのかもしれない。そんな気がしていた。
「気に入らないわけじゃない」
「じゃ、何よ」
「俺がこの話で一番気に入らないのはな、ミリアム、全部がお前の手でお膳立てされてて、ちくしょう、俺はその上で踊るしかないってことだ!」
言いながら、俺は思わず笑い出してしまっていた。ちくしょう、まったくその通りじゃないか。見事に手玉にとられてやがる。これが笑わずにいられるか。
ミリアムの転げるような笑い声が聞こえてきた。
「じゃ、返事はイエスね、ブローキィ!」
「ああ、イエスだ」
「了解。年貢の収め時ね、ブローキィ。あなたは私の手玉にとられるような運命の星の元に生まれてるのよ。あきらめなさい」
「冗談じゃないぞ。俺がお前と組んでた頃、どれだけ俺がお前のわがままの尻拭いをさせられたと思ってるんだ。今度は、絶対に、そんなことはさせないからな」
「あらあら。まだ分かってないみたいね。こっちでは、私が、先輩なんですからね。昔みたいに、私に対して大きな顔が出来ると思ったら大間違いよ」
「……スパイダの傾斜展開はできるようになったのか?」
一瞬の間。
「……関係ないじゃない」
「言葉に詰まったってことは、どうやらまだみたいだな。よし、そっちに行ったら、昔みたいに俺がみっちりしごいてやる」
「あら、こっちで使う武器は何もスパイダだけじゃないのよ。そっちこそ、武器教練で泣き言を言わないことね」
懐かしい言葉の応酬。いつしか、思わず知らず、二人とも吹き出していた。
「じゃあ、そろそろ切るわね。後でそっちのボックスに詳細が行くはずだから、詳しいことはそっちを読んで。じゃ、それまではせいぜい始末書書きに精出すことね」
「はいはい。じゃあ……あ、ミリアム」
「なに?」
「ありがと、な」
耳元で、くすりと微笑む声。
「こちらこそ。じゃ、今度はエアートで会いましょう!」
「ああ、またな」
通話を切ると、久々に気分がすっきりしていることに気がついた。ふと、通話をとる前の自分を思い出して、笑いが込み上げてくる。
エアート、か。ま、今より悪いってことはないだろ。少なくとも、ベーリング部長に蹴り飛ばされるタコツボよりは、何倍も楽しいだろう。ミリアムもいるしな。
そんなことを考えながら、ふと通路を見やると、そのベーリング部長がこちらにどすどすと足音も荒くやってくる。目はこちらを睨み付けていて、顔は苦虫をかみ潰したようだ。俺にはすぐにその理由が分かった。たぶん、タコツボに蹴り飛ばす相手が急にいなくなって、いらいらしてるんだろう。俺はひそかにミリアムに敬服した。あいつの手回しは本当に早い。
「ブローカイン!」
うっぷんがそのまま声に出てやがる。俺は、わざとらしく満面に笑みをたたえて部長を出迎えてやった。