
男はそのアパートの前で歩みを止めた。黒のロングコートの姿が、難なく夜の闇に溶け込む。
アパートの上階を軽く見上げる。男の口から、かすかに、ゆるゆると言葉がもれる。
「……相が濃いな」
男は再び歩き始める。向きを変え、アパートの入り口へと。
「ここか」
夜風に流されたコートが、一瞬、命あるものかのようにはためいた。
◆
足がもつれる。うまく走れない。逃げられない。
マリイは身体をぶつけるようにして玄関の扉を開くと、闇の垂れ込めるアパートの廊下に飛び出した。勢いあまって転んでしまう。小柄な身体が廊下に投げ出され、手で支えることもできずに、廊下に叩きつけられる。傾いだ視界の中に飛び込んでくる、鈍く淡い光を帯びているだけの廊下の切れかけた蛍光灯が、今はただ恨めしい。左右にはただ短調に伸びる廊下が、闇の中に吸い込まれている。
開いた扉、マリイの背中ごしに廊下に洩れ出る、ゆらゆら揺れる光が、その強さを増してきた。この世のものとも思えぬような光が、暗い廊下を扉の形に照らし出す。
マリイは這うようにして扉の反対側の壁にたどりつくと、壁を支えにしてなんとか立ちあがった。しかしそこで動きを止めることなく、すぐに走り始める。すりむいた手のひらと膝が痛い。目からは涙がとめどなくあふれる。嗚咽で息がつまる。苦しさのあまり、何度も足を止めそうになる。
でも、いやだ。あんなのはいやだ。つかまるのはいやだ。かあさん。とうさん。
玄関からの光がひときわ強まると、そこからけだるげに身をたゆらせる何かが抜け出てきた。
マリイは力の抜けかけた足で逃げようとする。しゃくりあげる。
◆
何がいけなかったのだろう。わたしは何か悪いことをしたのだろうか。
今日は久しぶりにとうさんが早く帰ってくる日だったのだ。わたしもかあさんも今日を楽しみにしていた。豪華な夕食を作るために、二人で買い物に出かけて、二人で持ちきれないほどの食材を買いこんだ。夕食を作るのはわたしも手伝った。わたしのいささかおぼつかない包丁さばきを見て、かあさんはくすくすと笑ったものだった。いつもよりずっと楽しい夕べ。
空が赤から夜の青へと変わる頃、とうさんが仕事から帰ってくる。テーブルに案内されたとうさんは、テーブル一面に広がるごちそうに目を丸くする。とうさんに、わたしとかあさんがおめでとうを言うと、とうさんは嬉しい驚きを隠そうともしない。わたしの頬とかあさんの唇にキスをしてくれる。テーブルの上には、わたしとかあさんが腕によりをかけて作った料理に囲まれて、ロウソクが立てられた、クリームたっぷりのおいしそうなデコレーションケーキ。
今日は、とうさんの誕生日。
一年に3度の──とうさんと、かあさんと、わたしの誕生日──特別な日の夕食は、笑い声や微笑みの絶えない、暖かい食卓だ。とうさんはいいわ、ご馳走が作ってもらえるものね、わたしの誕生日には、自分で自分にご馳走を作らなくちゃならないのよ──かあさんがしゃれっ気たっぷりに愚痴をこぼすと、とうさんはわざとらしいうろたえぶりを見せ、わたしの顔はほころぶ。それから、3人揃って笑い声を上げる。
そして、ついにケーキの時間だ──部屋の照明が落とされ、ケーキに立ったロウソクに火がつけられる。暗くなった部屋の中で、テーブルの周りに集まっているわたしたちだけが、ロウソクの暖かい光で照らされている。かあさんとわたしが声をそろえて「ハッピーバースデイ」を歌うと、とうさんは心底嬉しそうに微笑む。そして、歌が終わり、いよいよとうさんがろうそくを吹き消すときが来る。わたしにせっつかれて、とうさんは恥ずかしそうにケーキの前に立ち、大きく息を吸いこんで──
──次の瞬間、かあさんが甲高い声で悲鳴を上げ始めた。
わたしたちはすっかり驚いてしまう。とうさんがかあさんの名前を呼びながら、テーブルの反対側のかあさんの元へと回り込もうとするが、次の瞬間、かあさんの悲鳴が、人のそれから、和音のような澄んだ音色へと変化していくのを聞いて、驚愕にその足を止めてしまう。とうさんとわたしは、なすすべもなくかあさんを見守るしかなかった。
かあさんが見えない手につかまれたかのように、なおも悲鳴を上げながら、体を限界まで反り返らせて、宙に浮かんでいくのを。
かあさんの体が、真っ白な光輝に包まれていくのを。
かあさんの光が薄れたあとには、輝きに包まれた、水晶細工のような人型の何かが浮かんでいるのを。
それが背中の翼状皮膜を広げて、身を震わせるようなソプラノで咆えるのを。
天使。
それなのに、それの顔には、確かにかあさんの面影が残っているのを。
あまりのことに動けなくなっていたわたしと、かあさんだったものの間に、とうさんが割り込んだ。とうさんの広い背中で、天使の放つ光が遮られる。わたしは弱々しい声で、とうさんの名前を呼んだと思う。
とうさんが奇妙に落ち着いた声で言った。
「マリイ」とうさんが言っている。「逃げなさい」
わたしはいやいやをするように首を振った。声が出ない。不意に目から、大粒の涙が溢れ出した。
「逃げるんだ、マリイ!」
とうさんの怒声がわたしの身を震わせた。とうさんが怒鳴ったのを、わたしは初めて聞いた。その声がわたしを我に返らせる。逃げ出そうとして、わたしは自分がへたり込んでいること、足にまったく力が入らないことに気づく。
天使が、とうさんを飛び越すようにして、わたしの方に両手を広げて飛びこんでこようとした。
とうさんの咽喉から、悲痛な叫びがほとばしる。わたしの目の前で、とうさんは天使に飛びかかった。
天使は哀れな人間など意に介さないようだった。天使は飛びかかってきたとうさんにすがりつくと、優しく抱き包んだ。
もういやだ。誰か助けて。とうさんが苦しむのを見たくない。天使のふところで、とうさんが逃れようとしてもがくところなど。とうさんの体に、天使が触れている部分から、あの輝きが這い登っていくところなど。とうさんの絶望に満ち満ちた悲鳴を聞きたくない。わたしにはとうさんが助けられないのに!
わたしの足が動き始めた。とうさんの最後の言葉にしたがって。後ろのとうさんの悲鳴が、急速に恍惚の響きを帯び始めたのを聞かなくても済むように。背後の輝きが、先ほどの倍になったのを見なくても済むように。
◆
マリイはよろめくようにして逃げつづけた。自分の歩みがじれったくなるほど遅い。背後の輝きが刻一刻と強まっているように思えるのは、脅えきった自分の心がそう見せているに違いない。かすかに、懐かしい声で、自分の名前を呼ぶ声が聞こえるのは気のせいに違いない。
左手にアパートの階段が見えてきた。ここは5階。1階まで降りることができれば助かるかもしれない。
心にかすかに希望が生じたまさにその瞬間、マリイの足がもつれた。
勢いを殺すこともできずに、体が投げ出される。受け身を取ることもできず、頭をしたたかにぶつけてしまう。目の前が真っ白になる。マリイの体は床を転がって、そして止まった。うつぶせに投げ出された体は、階段の入り口を通りすぎていた。
限界だった。意識が朦朧として立ちあがることもできない。頭は冷たい床に横たえられたままだ。かろうじて目を開けると、廊下を満たす幻想的な光、そして、その光の源である、2体の天使。天使の背中から広がる、透き通るような輝きの翼状皮膜が美しかった。
つい先ほどまでの恐怖が背後に退きつつあった。奇妙な安らぎがマリイの全身を支配しつつあった。目の前に迫りつつあるのは天使だったのだろうか。父と母ではなかったのか。そうだ、とうさんとかあさんが呼んでいる……。
視界が霞み始めた。マリイが見ているのは、もはやアパートの廊下ではない。何か、暖かく、懐かしいものを見ていた。何なのだろう。何でもいい。そこで、とうさんとかあさんが待っているのだ。行かなきゃ。あれ、さっきは何で逃げてたんだろう……。まぁ、いいや。
天使が、マリイを抱擁するかのように、両手を大きく広げた。マリイは全てを受け容れようと、無意識のうちに半身を起こして、天使に向けて腕を伸ばし──
「天使」
その声は静かだったが、鞭の激しさでマリイの意識を打った。意識がまやかしの安らぎから逸れる。その声は天使のものでも、マリイ自身のものでもない。誰が──
次の瞬間、マリイと天使の間に、闇が流れ込んだ。
◆
ごうという風切り音をたてて、闇はマリイの前に飛びこんだ。闇の塊が着地するときの、ずんという音はマリイの耳にも届いた。
マリイは我に返った。マリイが何を見ていたにせよ、それはもう手の届かない彼方へと退いてしまっていた。今マリイの目に見えるのは、見なれたいつもの埃っぽい廊下だけだ。そして、マリイの前に身をかがめる闇。闇がゆっくりと身を起こす。その肩から、廊下の暗闇が零れ落ちるように見えた。
闇の正体は人間だった。マリイが見たのは、コート姿の細身の男の姿。しかし、男の黒髪とコートは廊下の闇に溶け込んで、まるで闇そのものがそこに立っているかのようだった。天使の放つ淡い光だけが、その男の輪郭を闇から切り離している。マリイに背を向けて立ち、肩越しにマリイを見るその顔は、天使の光の影になってよく見えない。若い男のようだった。
男が口を開いた。思ったよりもずっと穏やかで落ち着いた声だった。
「相に飲まれかけたな」
マリイには何と答えてよいものか想像もつかない。男はマリイに返答を期待しているわけではないようだった。
「下がっているんだ」
マリイは素直に従った。腰が抜けて立つこともできず、這いずるようにして男から離れる。
男は、マリイが下がり始めたのを確認すると、天使の方に向き直った。右手がコートの懐に隠れる。再び現れたときには、その手に、象でも撃ち倒せそうな大きさの拳銃が握られていた。ヘヴィ・バレルの銃身と、リボルバーのシリンダーが、天使の光を受けて、冷たい銀の輝きを放つ。
男が足を踏み出した。天使に向かって。マリイは信じられないものを見た。男が前に出るにしたがって、天使が後ろに下がり始めたのだ。目の前の男を……恐れているのだ。
マリイは父からいつも聞いていた。天使は、決して、ただの人間などに脅威を感じたりなどしないと。いや、そもそも人間のことなど気にかけているかどうかすら怪しいと。なのに、今目の前にいる天使は、この男の存在に怯えている。そう見える。
マリイは思い出した。父が昔話のように話してくれた男の話。その昔、超災害に荒れ果てた街で、人々がなすすべもなく天使に蝕まれていく中、銀色に輝く銃で、天使を狩り立てたという男の話を──
「天使」
男が再び口を開いた。その口調は、先程とは変わって、ぞっとするような冷たい響きを帯びていた。
「消えろ」
それが合図だった。不意に、男が地を蹴って、天使に向かって突進を開始した。
◆
俺が現場に着いた時には、既に全てが終わっていた。
俺が対天使緊急対応チーム(Angel Emergency Response Team)、通称エアートに配属になってから、もうずいぶん経つが、事態は大抵(いや、必ず、だ)、俺たちが終わらせない限り終わらないものだった。よほど火力の強いものでないかぎり、天使には通常兵器は役に立たない。市井の人間が天使に立ち向かえない道理だ。普通の人間が天使を倒そうと思ったら、それこそ建物ごと吹き飛ばす覚悟で爆弾を使うしかない。それか、今俺たちが手にしているような<アーティファクト>──いわば、対天使用に聖別された、エンジェルスレイヤーと化した武器──を使うかだ。残念ながらアーティファクトは、一般人の所持が禁止されている。というより、アーティファクト自体が、野放図にばら撒けるほど数がないのだ。アーティファクトの作り方など聞かないでほしい。俺も知らない。
そのはずなのに、今回は、初期人員が現場に展開されたときには、既に天使の姿が影も形もなくなっていたというのだ。あたかも既に「処理」が完了したかのように。
今から30分前、警察に通報があった。すっかり逆上した通報者からもたらされた通報内容は、警察によると、天使の目撃情報、および助けを求めるもの。市街のモニター設備にも、件の場所に天使の反応が見られたので、警察は即座にエアートに出動を要請。俺たちはエアート所属の人員輸送用VTOLに乗り込んだ。しかし、その時に、現場に到着した警官隊から困惑に満ちた報告が送られてきた。
VTOLの腹の中で、俺たちはたちの悪い冗談を聞いているような気分だった。しかし、報告は冗談ではなかった。モニターの当該時間帯のログがその事実を裏付けた。通報から数分後、立て続けにモニターから天使の反応が消えていた。
その時点では、俺たちにはまだ軽口を叩くだけの余裕があった。確かに異常な事態だが、少なくとも悪いほうに転がったわけではない。天使が消えてしまったのだから。事後処理には手間取るかもしれないが、今回に限っては楽ができたわけだ。VTOLの中では、やっかいな事後処理のデスクワークを誰がこなすかでくじ引きが始まる始末だった。
その時、天使と化した犠牲者の名前が飛びこんできた。それ以後、VTOLの中は死んだような沈黙のままだ。
万が一の用心のため、VTOLはそのまま現場へと送られた。
機内には、双発の静音エンジンの響きと、ときおり誰かがつぶやく以外の音は存在しなかった。俺は隣りのシュミットがつぶやく声を聞いて、わずかにそちらに顔を向けた。
「ジェイクが……まったく、なんてこった」
シュミットはさっきからそれしか言わなくなっている。だが、それを責める気にはなれない。俺自身、心の中で毒づいている言葉は似たようなものだったからだ。
俺は、反対側の隣りに座っているミリアムに目をやった。ミリアムは悄然とうなだれたまま動こうともしない。俺は警官時代からミリアムとコンビを組んでいるが、こんなに落ち込んだミリアムを見るのは初めてだ。
「ミリアム……大丈夫か」
ミリアムはこちらに目を向けたが、俺の言葉は耳に届いていなかったようだ。
「ジェイク、今日をあんなに楽しみにしてたのに……。マリイが料理を作ってくれるんだ、って喜んでいたのよ……なのに……」
俺にはかけてやる言葉が見つからない。ミリアムはジェイクと家族ぐるみの付き合いがあった。もし、ジェイクだった天使を我が手で処理することになったら、ミリアムには耐え難い任務になったに違いない。その点だけは救いだ。あえて救いを見つけようとすればだが。
天使と化したのは、ジェイクの一家だった。
ジェイクはエアートの中でも最古参のメンバーで、その穏やかな人柄と飾らないユーモアは、俺たち全員から好かれていた。任務の面でも、その経験に見合った能力を発揮していた。俺自身、彼に何度も世話になっている。ミリアム以外で初めて俺のことを「ブローキィ」と呼び出したのも彼だ。俺はどちらかといえば友人を作るのが上手ではないほうだが、彼の心遣いのおかげで、思ったよりも早く他のメンバーとも打ち解けることができた。
今日は彼の誕生日だった。俺たちは全員で彼にびっくりパーティを仕掛けた。俺たちは出勤してきた彼にクラッカーを浴びせ掛け、彼が目を丸くするのを見て笑い転げた。皆から祝福の言葉を受けて、彼は、この歳になると歳を取るのもそんなに嬉しくないものだぞ、と茶目っ気たっぷりに宣言して座を湧かせた。もちろんケーキも用意したが、あえていささか控えめなものにしておいた。家族での誕生パーティに差し支えがあっては悪い、というミリアムの提案を皆が受け入れていたからだ。ジェイクとキャスリン、そして娘のマリイのポゥ一家の仲むつまじさは、メンバー全員の周知の事実だった。
俺たちは、家族パーティのために早めに仕事を引き上げるジェイクを、冗談半分に冷やかしながら見送った。ジェイクは照れ笑いを浮かべながらも、嬉しそうに家路へと向かっていった。
それがジェイクの見納めになるなんて、俺たちの誰一人として思っていなかった。しかも、こんな形で。
◆
ある意味、虫のいい話だと思う。俺たちは、天使が出現するたびに、その天使たちを「処理」してきたが、その影には、今回のように、肉親や友人を天使化で亡くして悲しむ人々がいたはずなのだ。俺たちが天使を殺すことで、間接的に、その哀れな人々の肉親を殺している、とも言えるかもしれない。
だが分かってほしい──俺たちが天使を退治していかないと、天使は等比級数的に仲間を増やし、最終的には、それこそこの世に千年王国が降臨しさえするかもしれないのだ。それに、俺たちだって人間だ。エアートの誰も彼もが、程度の差こそあれ、心に蓋をして天使の処理に携わっている。自分が間接的に罪もない人々を殺している、などと考えだしたら、あっという間にその重みに耐えられなくなってしまうだろう。この仕事を続けるには、ある程度の非人間性を許容しなければならないのだ。
だが、今回のジェイクの件は、自分たちが何に携わっているかを、いやでも思い出させるのだ。
◆
VTOLが現場近くの広場に着陸した。仕事の時間だ。いつまでも落ち込んでいるわけにもいかないらしい。
俺とミリアムは地元警察とのコンタクト役だった。俺たちは、まだパトカーの回転する赤色灯が辺りを染め上げる現場へと向かった。ミリアムも気持ちを切り替えようとしていたが、あまりうまくはいっていないようだった。
「ミリアム、もうあまり気にするな。俺たちにできることは何もなかったんだ」
「わかってる、ブローキィ」
手近の警官を捕まえて身分を明かすと、しばらくの後、この件を担当するというモーガンという刑事の前に案内された。モーガン刑事はこちらに協力的で、天使がらみの事件も経験があるようだった。俺はひそかに安堵した。縄張り根性丸出しの、もっと酷い類の担当者にぶつかる可能性もあったし、今夜はこれ以上悪いことは起きてほしくはない。
「天使がらみの事件は何度か見てきましたけど、こんなのは初めてですよ。到着前に天使が消えたのもそうですが、その他にもいくつかよく分からない点がある。お手上げですね」
ミリアムが質問のために身を前に乗り出した。俺は心ひそかに彼女に感服した。今の彼女にはつらい仕事だろうに。
「現在分かっている状況だけでも教えていただけませんか」
「もちろん。とは言っても、今まで大したことが分かったわけでもありませんが。被害者はジェイク・ポゥ、およびその妻のキャスリン・ポゥ。娘のマリイ・ポゥは逃げ出して無事です。これといった外傷はなかったのですが、念のため病院に──」
マリイが無事?
まだろくに話も聞いていないのに、俺とミリアムは同時にモーガンの言葉を遮ろうとしてしまった。ミリアムのほうが一瞬早い。無理に自分を押さえつけながら質問する。
「被害者の娘は、無事なんですか?」
「ええ。私が見たときには落ち着いていたようですが──」
俺のようにミリアムと長く組んでいなくても、今の彼女の心のうちは簡単に読めるだろう。今すぐにでもマリイの収容されている病院に飛んで行きたいのだ。彼女とマリイは歳の離れた姉妹のように仲が良かったのだから無理もない。だが、同時に、ミリアムにはエアートの一員としての責務がある。ミリアムの性格を考えると、彼女が情に流れるとは思えなかった。というより、彼女はそういう情に流された行動が嫌いなのだ。
それでも……俺はいつものいたずら心が頭をもたげるのを感じた。
「モーガン刑事、少しお願いがあるんですが」
「はい?」
ミリアムがかすかな戸惑いを見せて俺を見る。
「こちらのフォアホーン調査官を、被害者の娘の事情聴取に向かわせたいのですが。マリイ・ポゥの目撃情報を、エアートの所有する情報と付き合わせてみたいんです」
フォアホーン調査官というのは、ミリアムのことだ。ミリアムがとんでもないという顔をして俺を見てくる。その目はこう言っているようだった。
(冗談じゃないわよ、ブローキィ!わたしが公私混同すると思う?そりゃ、わたしもマリイが心配だけど……それとこれとは話が別よ!)
俺は涼しい顔でミリアムを見返してやった。俺の目はこう言っている。
(ふーん?俺は、関係者への事情聴取を要求するのは当然の権利だと思うがね。無粋な警官風情よりも、絶対に聴取の能率も上がると思うけどな。誰かさんは何か勘違いしているようだが)
最後の砦、ミリアムはモーガンをすがるような目で見たが、その視線は明らかに誤解されたらしい。
「それほどまでに……ええ、かまいませんよ。多分大丈夫でしょう。部下に案内させましょう」
こう言われては、さしものミリアムも従うしかなかった。モーガンの呼びつけた人間がやってきて、ミリアムが席を立つ間際、俺はミリアムを呼び止めた。
「ミリアム」
「何よ?」
「一つ貸し」
ミリアムは俺を小突いていったが、その場を去っていく足取りは、先程よりもずっと軽くなっていた。
ミリアムが去った後、俺はモーガンに、現場を見せてくれるよう頼んだ。既に他のメンバーが警察の鑑識と一緒に仲良く現場検証を行っているはずだが、俺は自分の目でも現場を見ておきたかったのだ。親切なモーガンは、私も現場を指揮しなければいけませんので、と案内役を買って出た。
現場は、アパートの5階の共用廊下だった。本来廊下を照らすはずの廊下灯がほとんど切れてしまっていたため、警察は独自に照明を持ちこまねばならなかった。アパートの管理状態はお世辞にも良いとは言いがたいようだ。廊下の中ほどに、ガラスの欠片のようなものが散乱しているのが見える。はっきりとは見えないが、天井の蛍光灯が割れて降り注いだのだろうか。奥のほうで、警官に向かって興奮した口調でまくし立てている、恰幅の良いご婦人は、たぶん通報者のミューロン・クラウゼヴィッツだろう。
モーガンがとなりでぼそりと呟いた。
「天使の出た場所はいつもこんな感じですね。そうと言われなければ、とてもそんなことがあったとは思えない」
「まったくだ」
だが、エアートの専門家や、腕の良い鑑識なら痕跡を見つけるだろう。素人には分からないが(正直、俺も完全に分かっているか自信がないが)、天使はさまざまな形でその出現の痕跡を残す。
だが、そこで、天使の痕跡ではなく、別のものが見つかろうとは、その時の俺にはとても予測できなかった。
「モーガン刑事」
鑑識の一人がモーガンを呼び止めた。そちらに向き直った俺は、鑑識の顔が奇妙にこわばっているのに気がついた。
「どうした」
「階下の踊り場でこんなものを見つけたんですが……まったく、昔話の小鬼を捕まえたような気分ですよ」
モーガンは鑑識から何か受け取った。とたんに、モーガンの顔も同じようにこわばる。
「何かの冗談だろう」
「私もそう思いたいんですが……同じ場所に、6つ転がっていました」
俺は好奇心でうずうずしていた。
「モーガン刑事、何が見つかったか教えてもらえませんか」
モーガンは奇妙な表情をしていた。まるで幽霊でも見たかのような顔つきだ。
「ブローカイン調査官、あなたはこれをどう判断なさるのか……これ単体では何かを証明する事にはなりませんが……」
「勿体つけないでください」
俺の催促に、モーガンは透明の袋に入れられたそれを、俺の目の前に差し出した。
「銀の薬莢です。.357口径用の」
俺は思わず知らずうめいていた。なんてこった。銀色に輝く薬莢なんて酔狂なものを使う人間は、俺の知る限り、一人しかいない。だが──
「冗談じゃない、昔話じゃあるまいし。あれはまだ俺たちがほんのガキのころの話──」
「しかし、我々の世代で、彼のことを知らない人間はいませんね。模倣犯のことを考えるにしても、実際に天使が消えているという事実が残る……」
俺はモーガンから銀の薬莢を受け取った。もし、万が一、これが本物ならば、エアートの汚染物処理班を呼んだほうがいいのかもしれない。
「すると、次に見つかるのは──」
「見つかるとすれば、銀の破片ですか。シルヴァー・ジャケットの」
咽喉の奥に冷たいしこりが居座っている。俺も今、幽霊を見ているのかもしれない。
◆
ミリアムはマリイの病室の扉をくぐった。それまでマリイの事情聴取を行っていた人々には下がってもらった。
マリイは病院の清潔なベッドに横になっていた。半身を起こして、ものうげに窓の外の夜景を眺めている。が、ミリアムの姿をみとめるなり、その目に大粒の涙が浮かんだ。
「ミリアム」
「ああ、マリイ」
ミリアムはマリイを抱きしめた。胸の中のマリイが泣き止むまで、しばらくずっとそうしていた。やがてマリイが落ち着いたのを確認すると、ミリアムは抱擁を解いて、ベッドの脇に置いてあった椅子に腰掛けた。二人とも、しばらく無言だった。
マリイが口を開いた。
「わたし、独りぼっちになっちゃった」
「マリイ……」
「とうさんとかあさんは天使になって……でも、わたしは助かった」
この子は目の前で親が人でなくなっていくところを見たのだ。どんなにつらかったことだろう。
「なんでわたしもとうさんやかあさんと一緒に行けなかったんだろう、って──」
ミリアムはマリイのか細い声を遮った。
「マリイ。そんなことを言わないで。お父さんやお母さんを亡くして悲しいのは分かるわ。わたしもブローキィも、他のエアートのみんなも、ジェイクやキャスリンが大好きだった。でも、みんな、同じくらい、あなたのことも大好きなのよ。あなたがいなくなったら、わたしが悲しいの。だからお願い、そんなことを言わないで」
「ミリアム……」
再び、しばらく無言の時間が流れる。
「マリイ、聞きたいことがあるの。わたしたちが駆けつけたとき、もう天使の姿は消えていたわ。わたしたちにはその理由が分からないの。何があったのか……聞かせて」
マリイはしばらく何も言わなかった。
「言っても、きっと信じてくれないわ。さっきの人たちも信じてくれなかった」
ここが分かれ道だ。病院に着いたときに、ブローカインから入った連絡の内容は、ブローカイン同様ミリアムにも半信半疑の内容だった。だが、ブローカインは、既に現場で見つかった薬莢と銀の破片を、エアートの汚染物処理班に回している。ブローカインも、心の底では、そうではないかと思っているのだ。
ミリアムも信じてみることにした。
「疾銀<クイックシルバー>のことを?」
マリイが弾かれたようにミリアムの方を見た。
「あのアパートで、銀の薬莢が見つかったの。はっきり言って、現場の人間も半信半疑。無理もないわ。疾銀が姿を見せていたのは、超災害が終わってからそれほど間もない頃で、その後、ある時を境にぷっつりと姿を見せなくなってるの。それから30年近くが経っている。どう控えめに見ても、疾銀が存命していたところで、50歳近くにはなっていることになる。天使を追いかけるには歳を食いすぎているわ。ブローキィよりもオジサンよ」
マリイがかすかに、くすりと笑った。
「ブローキィはそんなにおじさんじゃないわ」
「その言葉、ブローキィに聞かせると喜ぶわよ。『そんなに、ってことは、それでも俺はオジサンだってことかい?』って、哀れっぽい声でね」
二人してしばらく、くすくすと笑う。そして、ミリアムは真剣な声で続けた。
「でもね、マリイ。わたしが信じるのは、そんな大人たちの言葉じゃない。わたしが信じるのは、あなたの言葉なの、マリイ。ありのままを聞かせて。だれよりも、あなたを信じているんだから」
マリイは、ずいぶんと長い間、何も言わなかった。
「……ミリアム」
「なに?」
「ありがとう」
「いいのよ」
ミリアムはマリイの髪の毛をそっとかき回した。
◆
マリイは話し始めた。
◆
「消えろ」
それが合図だった。不意に、男が地を蹴って、天使に向かって突進を開始した。低い姿勢のまま、疾風のように天使との間を詰める。急激な加速を受けて、コートが突風に煽られたかのように大きく翻る。
男と正対する天使の体が変化しつつあった。水晶細工の優美な曲線が消え、体のあちこちから鋭い突起物を伸ばした物々しい姿へと変化する。わけても、両手の指は鋭く伸びた禍禍しい刃だ。
男はまっすぐにその天使に突っ込んでいった。天使は両腕を大きく振り上げた。懐に飛びこんでくる獲物を、その手で八つ裂きにするつもりなのだ。だが、男は速度を緩める気配すらない。決定的な一瞬、天使は飛びこんできた男に向かってその手を振り下ろし──
その刹那、男が跳んだ。
幻想的な光景だった。跳躍した男は天使の刃をかいくぐり、そのまま空中で体を横に倒した。竜巻のように身体を回転させながら、腕を振り下ろしたことで前かがみの姿勢になった天使の上を、天井すれすれに飛び越したのだ。まるでその瞬間に、重力が男にだけ作用することをやめたかのように。
男が跳躍の弧の頂点に達したとき、コートの縁が天井の蛍光灯を激しく打った。蛍光灯が破裂する。その破片が天使の頭上に降り注いできたとき、男は既に天使の背後に着地していた。両足と左手を地面について着地の勢いを殺しながら、右腕を天使に向けて伸ばしている。その手にはあの銀色の銃が握られ、狙いは天使の頭につけられたまま微動だにしなかった。天使はぐねりと、背後の男に向き直りかけたが、遅すぎた。
トリガーが引かれるその瞬間、マリイは天使の向こうの男と目が合った。一切の表情を見せない男の目は、深淵の黒、全てを飲みこむ闇色の瞳だった。
男の銃照の向こうで、父の面影を持ったものが、澄んだ高音で咆え──
銃が火を吹いた。
雷鳴のような音が廊下中に轟いた。天使がハンマーで引っ叩かれたかのように跳ね飛ばされた。銃弾は天使から全ての生命力を根こそぎ奪い去っていた。マリイの時間が延び、無限になった。天使が弧を描いて床に落ちていく間、その身体には慄然たる変化が訪れつつあった。マリイの目の前で、父だったものは、その輝きを失い、次第に塵のように雲散していった。最後の瞬間、マリイは父に手をさし伸ばしかけたが、その手の先で、もはや赤子ほどの大きさになった、天使の最後のかけらが床に落ちた。そのわずかな衝撃が最後の合図になったかのように、かけらは一気に散り去った。燐光がつかの間宙に舞い、そして消えた。
後には何も残らなかった。
男は動きを止めなかった。銃火の反動を利用し、弾かれるように立ちあがると同時に、もう一体の天使の方に、身体をぐるりと反転させる。
しかしその時には既に、天使が男の至近まで間を詰めていた。驚異的に素早い動き。男に、その天使を照準に捉えるだけの時間は残されていなかった。マリイは、男と天使が交錯する瞬間、天使につかみかかった父がどうなったかを思い出し、もはや不可避となってしまった結末を思って身をこわばらせた。
しかし男はなおも動きを止めなかった。上半身をそのまま回し続け、空いている左腕を後ろに引きつける。男の胸元で左手が反り返る。天使の手が男に届こうかというまさにその瞬間、男は天使に向かって掌底を放った。
マリイは自分の見たものが信じられなかった。自分の両親が天使と化すのを見た。天使に単身で立ち向かう男を見た。男の身体が自然の束縛を無視した動きで跳ぶのを見た。普通の武器では傷一つつけられないはずの天使を一撃で屠る銀の銃を見た。このわずかな時間で、信じられないことが次々と起きるのを見てきた。
だが──天使を素手で殴り飛ばすことができる人間などいるはずがない!
天使が衝撃に打たれて吹き飛ばされた。父は天使に触れただけで、破滅的な結果に見舞われた。だが、この男は、その不可能なことを難無くやってのけた。マリイは悟った。この男の前では、天使の力など児戯に等しいことを。
天使がまだ宙を舞っているのに、男は追撃の体制に移っていた。悪魔的な身のこなしであっという間に天使に接近すると、左手で天使の胸元を掴み、そのまま左腕を払って、天使を側面の壁に叩きつけた。天使は弱々しくもがいたが、今の天使は、ピンで刺し止められた蝶のように無力だった。
男は、天使の下あごに銃口を押し付けた。母の面影の残るその顔が、銃に押されてのけぞる。
マリイの咽喉から迸ろうとした言葉は、ついに声となって出ることはなかった。
男が最後に天使に向けて呟いた言葉は、なぜかマリイの耳にはっきりと届いた。
「もう、お眠り」
再び雷鳴のごとき銃声が轟いた。母の面影は、跡形もなく消し飛んだ。
◆
気がつくと、マリイはまだ廊下にいた。一瞬気を失ったのだろう。廊下は再び、いつもの静けさと闇を取り戻していた。
そして、目の前にはあの男がいた。膝をつき身をかがめて、目線はマリイの高さだ。マリイは既に一晩の感情を使い果たしていた。男がすぐ前にいたところで、もはや何の感情も湧いてはこなかった。
男が何か言っている。
「気がついたか。大きな怪我はないようだね……」
マリイの咽喉で言葉が渦巻いたが、咽喉が詰まったようにうまく声に出せない。かろうじて、わずかにうなずくことができた。男の目が、かすかに緊張を緩める。
「そうか。もうすぐここにも助けが来る。それまで、ここを動かないほうがいいだろう。いいかい」
それだけ言うと男は立ちあがった。マリイに背を向けて立ち去ろうとする。
「……あなたは」
あなたは誰なの。ようやくそれだけを言うことができた。疾銀なのか、とは、ついに訊くことができなかった。
「すぐに分かるよ」
男は下り階段の前で、つかの間立ち止まり、マリイの問いに答えた。再びあの銃を取り出すと、シリンダーをスイング・アウトした。イジェクター・ロッドを押して排莢を行う。シリンダーから薬莢が押し出され、澄んだ音を立てて地面で跳ねた。階段を跳ねながら落ちていく。銀に輝く薬莢だった。
そのまま立ち去ろうとする男を、マリイはなおも呼び止めた。
「とうさんは…かあさんは」
男の足が止まる。マリイに再び向き直る。つかの間、その目は、先程までの感情のこもっていない目ではなかった。本当に悲しそうな目に見えた。
「すまない」
男はそれだけを言った。
「すまない。本当に」
そして男は行ってしまった。マリイはそのまま、最初の警官が飛び込んでくるまで、その場で、膝を抱えて、顔をうずめて、泣いていた。
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「わたしが見たのはそれだけなの。ただそれだけ」
窓の外の夜景を見つめながら、マリイは語り終えた。ミリアムには、何も言うことができなかった。
「ミリアム」
「なに?」
マリイは、疲れたような目でミリアムを見た。
「わたしのとうさんとかあさんは死んだわ。でも、とうさんやかあさんが死んだのは、天使になったあの時なの?それとも、あの人が銃で、とうさんたちだった天使を撃った時なの?教えて…ミリアム」
マリイは一息ついて、そして続けた。
「わたしは……あの人を……憎むべきなの……?」
ミリアムにはその問いに答えることができない。
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急速に一つの噂が形を成しつつあった。
天使を殺す男が現れた。
その男は、どこからともなく現れる。
男は、黒い装束に身を包んでいる。
男は、天使を殺すことのできる武器を持っている。
男は、天使を殺すことのできる身体を持っている。
男は、ただ静かに、天使を殺して、そして消える。
男は。
かつて死に絶えかけた噂は、今、再び息を吹き返し、人々が群れ成す往来を、路地裏を、住処の中を吹き抜け、そこにかすかな、しかしはっきりとした痕を残していった。噂は、人々の囁きの中に、会話の中に、つぶやきの中に、静かに身を沈めていった。
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ブローカインは、エアートの汚染物処理班から返ってきた、銀の薬莢を目の前に置いて、一人物思いにふけっていた。
汚染物処理班の分析結果は、エアートにちょっとしたパニックを引き起こしていた。対天使汚染分析の結果、薬莢には確かにある種の痕跡が残っていたことが明らかになった。もはや人体に影響を引き起こすようなレベルではなかったが、問題となったのはその点ではなかった。
薬莢の分析結果は、残留痕跡が天使のものではなく、むしろエアートで使われているようなアーティファクト──対天使用兵器のそれに酷似していることを導き出したのだ。だが、パターンが酷似していても、それは根本的なところでまったく別種の痕跡であった。しかも、汚染の減衰率から、その薬莢はかつて、エアートが所持しているそれとは比べ物にならないくらい強度のアーティファクトの影響下にあったことが確認された。
汚染物処理班はこう結論づけていた。我々が分析した物体は、我々が知る限り最強の、しかも未知のアーティファクトにおいて使用されていた可能性がある。
ブローカインはその言葉を聞いたときの戦慄をよく覚えている。未知のアーティファクト。「彼」の力は、それほどまでに強力なものなのか。
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男は夜の空を見上げた。はるか高空で、街を幽鬼のように青白く照らす満月を背に、人の姿をしたなにかが、ゆるりと宙を舞うのを見た。
男は再び歩き出した。心に目的を、懐に銀の銃を持って。その目は悲しげだった。
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ブローカインは、噂の内容の大半を信じてはいなかったが、たった一つの点だけは、噂と意見を同じくしていた。マリイも、ミリアムも、他のエアートの人間ですら、心の底ではもうそのことを知っているはずだった。薬莢を摘み上げる。テーブルライトの光を反射して、薬莢がきらりと銀の光を放つ。
疾銀が街に帰ってきたのだ。