外伝第4章「流れ去るもの」

私‥‥小学校って大好きだよ。
だって、ここに来るといろんな友達に会えるんだもん。

休憩時間って、さ。みんな適当なグループに別れて遊ぶじゃない?
でも私、時々、いつもは一緒に遊ばない子達のグループにも突然入っていっちゃうんだよね。
そうすると、はじめはそのグループの子達の方もなに話していいかわかんなっくって、
なんか、少しだけ気まずいんだよね。でも、私、そんなの全然気にしないの。
こっちが気にしないで話し掛け続けてると、だんだんそんな雰囲気がなくなってきて、
いつの間にかみんな仲良しになっちゃうんだ。

だから、私、友達いっぱいだよ。みんなは私の事「ゆみ」って呼ぶんだ‥‥‥。



その日も私はうさちゃん達の世話をするために校舎の裏に来ていた。

(ふみゅ〜〜。私、どうしちゃったんだろぉ‥‥
この間からアキちゃんの顔‥まともに見る事ができないよぉ‥‥)

前に影からあのアキちゃんの笑顔を見てからというもの、私はずっとこんな感じだった。

どうしてなんだろうな‥‥‥。

私はいつも通り、禽舎小屋の扉についている南京錠を開けると中に入ってゆく。
うさちゃん達はいつも通り。
私に構わず小屋の中を走り回っている子もいれば、寝ている子もいる。

(えっと‥‥お野菜を新しいものに替えてあげて、っても〜〜こんなに汚してぇ〜〜)

私は小屋のすみっこに立てかけてある箒を取って小屋の中の掃除をはじめる。
先生に教えてもらったんだけど、小屋の中が汚くなったり、
小屋の中が湿っぽくなると、この子達ってすぐに病気にかかっちゃうんだ。
だから私は小屋をきれいにするの。だって、この子達にはいつも元気でいて欲しいもん。

「こんにちわ。」

突然、小屋の外から声がする。
私が顔を上げるとそこには一人の女の子が立っていた。

(あれ、この子‥‥)

その子に私は見覚えがあった。あっ、アキちゃんと話していた子だ。

「あ、あっ、こ、こんにちわ。」
「かわいいね、この子達って。」

その子は私の周りを駆け回っているうさちゃん達を見るとこう言った。
わたしはなんだか嬉しくなる。そうだよね、やっぱりかわいいよね。

「私、夕美。よろしくね。ねぇ、中に入ってもいい?」
「ほえ?う、うん。いいよ。そこの扉開いてるから入ってきて。」

夕美ちゃんは小屋の中に入ってくると私の側に座った。

「いつも見てたんだ。あなたがこの子達の世話をするところ。
本当にこの子たちの事好きなんだね〜〜。私、前からあなたとお友達になりたかったんだ。」

私は少し驚いた。私はこの子の事を全然知らない。でも、この子は私のこと知ってるんだ。
その後、周りをうさちゃん達が走り回る中、私たちはずっーと二人で話していたんだ。

夕美ちゃんが裏の花壇のお花の世話をしている事。
そこから時々うさちゃん達の世話をする私を見かけていた事。
それから後、私たちは自分達の友達のことや最近あったおもしろい話とかで盛り上がったの。

しばらくすると、夕美ちゃんの足元にもうさちゃん達は集まって来た。
夕美ちゃんはうさちゃん達に挨拶をする。

(きっと、この子達も夕美ちゃんのこと好きなんだな‥‥。)

私はなんだかうれしくなる。そうして、私たちはいろんなおはなしをしたんだ。
ふと、気がつくと一匹のうさちゃんが地面に穴を掘っているのが目に止まった。

「そういえば、この子達ってよく穴を掘るよね。」

私がそういうと夕美ちゃんはこう言った。

「‥‥この子達もお外へ出たいのかな‥‥‥」

ぽつり、夕美ちゃんはそんなことを言った。
その時、ふっ、と夕美ちゃんの姿が少しだけ透き通ったみたいな気がする。

「えっ?」
「で、でも、そんなことないよね。
あは、あははは‥ごめんね、変な事言って。気にしないでね。」

気がつくと夕方になっていた。

「そろそろ、日が暮れちゃうね。それじゃ、またね。りりたん。」

すっかり仲良しになった夕美ちゃんはそう言うと小屋から出ていった。

(いい子だったな‥‥)

一人小屋に取り残された私をうさちゃん達が不思議そうに覗き込んでいた。



「ねぇ、ねぇ、アキちゃんてばぁ〜」

ある日、りりたんがいつもみたいにうさぎ小屋から帰ってくるとそういって話しかけてきた。
あいつ、ここ2、3日俺と話す時、ずーっと様子がおかしかったから
気になってたんだけど‥‥どうやら俺の気のせいだったみたいだ。

それにしても、最近こいつは世話をしているうさぎの話をよくするようになった。
俺達が年長組になってからだけど、こいつは裏庭のうさぎ達の世話をするようになったんだ。
だから、時々こいつの姿を見かけないなって思ったらまず裏庭を探すといいんだ。

「最近、さむくなったねぇ〜〜」

帰り道、りりたんはそんなことを言った。
そういえばもうすぐ、冬休みだな。今年は雪、降るのかな?
雲一つない空を見上げると俺はそんなことを思った。



その日も、俺は裏庭にいた。
あの日、俺はこの花壇で水原に会った。
水原は、俺をそれまで絡めとっていた鎖を少しだけ緩めてくれた。
俺を押しつぶそうとしていた気持ちを少しだけ軽くしてくれた‥‥

そのあと、水原は一体どこのクラスの子なんだろうって思っていた。
でも、わからなかった。本気で探し回ろうと思わなかったせいもある。
だって、それって、なんだか恥ずかしかったから‥‥。

水原はいつもここの草花の世話をしているって言ってた。
俺はそれから時々ここに来ている。でも、あれから俺は水原に会っていない。
どうも、すれ違ってるみたいだ‥‥。

晴れた空‥‥透き通るような寒さ‥‥
ベンチに寝転がる俺はふと、時間が止まってしまったような錯覚に陥る。
そう、まるで自分がこの世界と切り離されてしまったような‥‥。

(ちちち‥‥)

遠くで雀の声が聞こえる。それだけが俺に外の時間を感じさせてくれる。
時間を遮断する透明でそして限りなく薄い殻‥‥
今の俺はそれにすっぽり包まれているような感じだった。

「おーい、こんな所で寝てると風邪ひくぞー」

その殻を破ったのはこんな声だった。水原の声だ。
やっと会えた。

「また会えたね。」
「えーと、アキト君だったよね。こんにちわ。」

俺は少しだけどきどきしている自分に気が付いた。なんでだろう‥‥。

俺は水原が水を汲んでくるのを手伝う。
でも、もしかしたら雪も降るかというこの時期、
花壇にあるもので花を付けているものはない。

ふっ、と水原が言った。

「この子達ってさ、強いよね。寒いのなんか‥‥つらくて本当は嫌なのに
じっとここで春を待ってる。
種をつけて、じーっとここで‥‥逃げずにまっすぐに‥‥」

俺の胸のどこかがちくりと痛んだ。



その日は朝から寒かった。俺は起きるとすぐ窓の外をみる。
(ちぇ、まだ雪は降ってないや!)
昨日の天気予報では今日はもしかしたら雪が降るんじゃないかって言ってた。
だから今朝、もしかしたら起きた時に、雪が積もっているんじゃないかって
期待してたんだけど、どうやらその期待は裏切られたみたいだ。

(あーあ、これじゃ、ただ寒いだけじゃないかよ‥‥)

俺はもう一度布団に潜り込もうとする。雪も降ってないのに
こんなに寒い中早起きする必要なんかどこにもない。
なんだか損した気分だとか、思っていたら‥‥

「アキ〜、そろそろ起きなさい〜」

母さんの声‥‥はぁ〜〜人生なんてそんなもんだ。



俺は家を出る。空は灰色。今にも雪が降ってきそうだ。

(こりゃ、期待できるかな‥‥?)

思わずペダルを踏み込む足に力が入る。
坂をあがってゆく。学校に行くにはこの坂を登らないといけない。
坂はなだらかだけど少し長い。途中には家が多い。
流れてゆく風景。
俺は何も考えずに走り続ける。

りりたんの家の前にさしかかる。すると鳥居の横から声がかかる。

「おはよう。アキちゃん。」

あいつは最近、この時間になると鳥居の前で俺が来るのを待っている。
この間、「なんでわざわざ待ってるんだ?」って聞いたら
「だって、アキちゃんの後ろに乗っていったほうが楽だもん。
それに良いトレーニングになるじゃない。
ああ、私ってばなんて友達思いなんでしょう。」って、オイ。
「‥うっ‥おまえ、最近‥‥」
いや、これを言うのは止めておこう。人間言わない方が良い事もある。
第一それを言うのは危険だと俺の本能が叫んでいた(笑)。

‥まったく‥‥ちゃかりしてるよ。
なんか俺、すっごく損してるみたいだ(笑)。

いつもの通りにりりたんを後ろに乗せた俺は自転車を発進させる。

その日は、結局、帰りまで雪は降らなかった。

帰ろうと思って、ふと、教室を見渡すとりりたんがいない。

(また、禽舎小屋かな?)

その時、俺の脳裏にいつも小屋を掃除しているあいつの姿が写る。

(たまには手伝ってやるか‥‥)

何故か珍しくその時俺はそう思った。
そういえばあいつにうさぎの名前聞いておくのもいいかなって。


裏庭に着く。ほどなく俺の視界に小さな小屋が入ってくる。

(あれ?)

小屋の中に人影はなかった。ちぇ、りりたんは今日はここにいないのかよ‥‥
なんだか、馬鹿らしくなった俺は帰ろうと振り返る。そのとき、
俺の視界に学校の隅、道路に面した所に誰かがしゃがみこんでいるのを見た。

(誰だ‥‥りりたん?)

俺はびっくりさせてやろうと後からりりたんに近づいた。
その時、俺は聞いたんだ。

「ひっぐ、う、うぐ、ぐすっ。」

泣いてる‥? 何故‥?俺はりりたん駆け寄る。

「どうしたんだよ。おい。」
「アキちゃん‥‥みいちゃんが‥‥みいちゃんが‥‥」

りりたんは胸に何かを抱えている。

(どくん!)

俺の心臓が締め付けられる。

(どくん、どくん、どくん‥‥)

ナンダ‥‥‥コレハ‥‥‥?

俺の脳裏を色々な光景が駆けぬける。
じいちゃん‥‥木彫りの鳥、そして蝉‥‥
森のなかを共鳴する蝉の声‥‥そして、白い‥‥白い骨。

(どくん!!)

俺の心の奥底に沈めたはずのそれらの光景が蘇ってくる。
俺は眼を見開く。手が震えているのがわかる‥‥ぼうっとしてきた‥‥

気が付くと俺は駆け出していた。全力で‥‥
もう、俺はなにも考えられなくなっていた。



‥‥気が付くと俺は地面に倒れ込んでいた。
走りすぎた挙げ句倒れ込んだらしい。
しばらくすると俺は落ち着いてきた。

そして俺は理解する。じいちゃんはもうこの世にいない事を‥‥
あの時、俺は認めたくなかったんだ。
もう、俺は2度とじぃちゃんに会えないことを‥‥

「‥‥逃げないで‥‥」

ふいに俺の頭のなかに浮かんだのは水原の声だった。
俺は急に現実に引き戻される。そう‥‥俺は逃げていただけだったんだ。

その時、俺はじぃちゃんを本当に凄いって思ったあの日の事を思い出した。

‥‥‥「アキトは蝉の死骸って嫌いか?」
「死骸が好きなんて奴‥‥いるのか?気持ち悪いじゃん。」

「そうだな。でもよぉ、こいつはこの蝉が精いっぱい生き抜いた証なんだぜ。
そうそう嫌う事もないよな。なぁ?蝉の一生って知ってるか?」

(でも、それってなんか可哀相‥‥じゃない?)

「なんでそう思うんだい?こいつは8年間も地面の中で立派に成長して、
一世一代の晴れ舞台で立派に大役を果たしたんだぜ‥‥」

そう、そしてじっちゃんはその後で俺にこうも言っていたんだ。

「死骸をみて可哀相なんて思うなんざ、勇者に失礼ってもんだ。いいか、アキ。
生きてる俺達はな、死んだ奴のことを忘れちゃいけねぇ。
眼をそむけてもいけねぇ。
そして、時々でいい。知りうる範囲で思いだしてやるんだ。
連中がどんな生き方をしていったのかってことをな。
それが先に逝った連中に対する最低限の礼儀ってもんだ。
こいつは連中の生きた証なんだぜ。」

‥‥‥‥‥‥じっちゃん‥‥‥。



俺が裏庭に戻ったのはそれからしばらく経ってからだった。

(あいつ‥‥今、辛いだろうな‥‥)

りりたんが抱いていたのは多分、あいつがいつも可愛がっていたうさぎだろう。
あいつ‥‥泣き虫だからなぁ‥‥

本当なら俺はあそこで、絶対逃げるべきじゃなかった。
あいつを一人にしてやるべきじゃ無かった。
俺は胸に鉛のように重いものを引きずりながらりりたんを探す。

(いた)

あいつは‥‥さっきのあの場所から動いていなかった。
俺は近づく‥俺は、あいつになんて声をかけたらいいんだろう‥‥
あと2、3歩まで近づいた時、俺はりりたんが地面に向かって
何かをつぶやいているのを聞いた。
見るとそこだけ掘り返した跡があり、少しだけ盛り上がっていた。

「‥‥みぃちゃん‥‥私、私‥‥みぃちゃんの事‥‥忘れない‥忘れないよ‥‥‥」

りりたんはもう泣いていないようだった。でも、その表情は‥‥‥
俺は胸の奥から何かとても切ないものが沸き上がってくるのを感じた。
息が苦しい‥‥

俺は未だ俺が近くに立っている事すら気が付いていないりりたんの後ろに回ると
そっとあいつを抱きしめた‥‥。

「きゃっ、何?え、え、え?」

突然の事に我に帰ったあいつは戸惑う。
俺は構わずあいつを抱きしめる腕の力を強くする‥‥

「痛い、痛いよ!アキちゃん‥‥って‥‥えっ?
アキちゃん‥‥もしかして‥‥泣いてる‥‥の?」

「‥‥忘れないでいてやろうな‥‥。」
「うん‥‥」

暖かい‥‥‥そのとき、俺の中で凍り付いていた何かが、
その時、溶けて流れ去って行くのを俺は確かに感じていた‥‥‥。

季節は冬‥‥そのとき、
天空から舞い下りてきた白い妖精達は、
俺達の周りで可憐な舞いをはじめていた。

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