外伝 | 第5章「動き出した時計」 |
白い天井‥‥‥
私はうっすらと眼を開ける。
(‥‥やっぱり‥夢だったんだ‥‥)
身体を起こし窓の外を見る。
窓から見えるのはいつも同じ風景‥‥
今日は晴れ上がっている。
もう少しでお正月か‥‥‥年の瀬の病院は少し慌ただしい。
今年は私、家へ帰れるのかな‥‥
私はふと、そんなことを思ってみたりする。
他の部屋の人達は、ほとんど帰ったみたいだ‥‥
それは個室である、この部屋からでも感じる事ができる。
ふと、窓の外、流れてゆく雲を見る。
上空ではかなり強い風が吹いているのだろう‥
空を浮かぶ雲達は生き物のように形を変えて‥‥
まるで白い鯨が空を泳いでいるよう‥‥
遠い、遠い世界‥あの鯨達は高い、私の手の届かない所を旅している。
どこへ行くのだろう‥‥どんなものと出会うのだろう‥‥
それはあの子達にも解らないのかもしれない。
それでもどこまでも旅を続ける。途中で一人になるかもしれない。
でも、大丈夫。
だってあの子は一人じゃない。
この空を行けばきっとどこかで仲間に会える‥‥
そう、だってあの子達には大空を自由に旅をする力があるんだもの。
私、結城 麻奈美。私って、ちょっぴり皆んなより身体が弱いらしいんだ‥‥。
だから、わたし、昔からよく病院に居る。
早く小学校って所に行ってみたいなぁ‥‥いろんな友達に会えるんだろうな‥‥
そして私はまたベッドに横になる。
(また、あの夢を見る事が出来るといいな。)
夢の中で私は色んな子に出会う事が出来る。
そこには私、友達がたくさんいるんだ。
そこは私が行ったことがない小学校と言う空間。
夢の中の校舎、いつも見る夢。
夢の中で、私はある女の子になってるの。
その夢見るようになったのはつい最近のこと。
次第にはっきりと見えるようになってきた。
私はいつもお花の世話をしているの。
私がお水をあげるとこの子たちが喜んでいるのがわかる。
(私も仲間に入れてね。)
(うん、いいよ。)
こうして私のお友達は増えてゆく‥‥
この間、男の子とお友達になったんだ。
えへへ、なんかかっこいいんだ。あの子。
初めて声をかけられた時、私、どきっとして心臓が止まりそうになったの。
だって、いつも夢の中では私が初めに声をかけるから‥‥
私が声をかけられたのは初めてだったから‥‥。
「水‥‥あげてるんだ。」
「きゃっ」
私はびっくりして持っていたじょうろを落としてしまった。
「あっ、ご、ごめん。」
「い、いえ。ごめんなさい。あっ、お水、かかっちゃった。」
(えーん。ばかばかばかばか!私ったら!!)
「いいって、いいって。ところでいつも君が花に水をやってるの?」
自分が好きなものに興味を持ってもらえると何故か自分の事の様に嬉しい。
私は男の子が私の大好きなお友達に興味を持ってくれた事が嬉しくて、
色んな事を止めどもなく話しはじめたの。
ふと気が付くと、男の子は少し驚いているみたいな顔をしてた。
(やだ、私ったら‥‥恥ずかしい‥)
気まずくなって空を見上げる。もう日が暮れそうだった。
別れ際、あの子はこういったんだ。
「ところで、君‥‥名前‥‥なんて言うの?」
嬉しかった。私の名前を聞いてくれたのもあの子が初めてだったから‥‥
だから私は胸を張ってこう答えるたわ。
「私? 私、水原 夕美。ゆみでいいよ。」
その日も私は花壇にいたの。
声がしたからふと顔を上げてみると、
花壇の向こう、うさぎさん達がいる小屋の中に女の子がいたわ。
私はその子をみる。
うさぎさん達はうれしそうにその子の周りを飛び回っている。
小屋の掃除をしているその子はとってもうれしそうだった。
私はかなり前からその子がそうやってうさぎさん達の世話をするのを見ていた。
あの子は私のこと気づいてくれなかったけど、お友達になりたかった。
でも、私から声をかける勇気はなかったんだ。
でも、その日は違った。この前、男の子と話す事ができたからかもしれない。
あの男の子と出会ってから私は変わった。もう、前みたいな臆病な私じゃない‥‥
お医者様は「大丈夫、手術すればきっと良くなるよ」って言ってくれるの。
だから‥‥きっと、私もいつかはそんなことが出来るようになるよね。
いまはちょっとおくびょうだけど‥‥いつかは‥‥
そしたら、あの子達に会ってみたいな。
ふふっ、私ったら馬鹿みたい。夢に出てきた子が本当にいるわけないじゃない。
でも‥‥会いたいな、あの子達に‥私の大切なお友達に‥‥
ふと気が付けば窓の外はすっかり暗くなっていた。寝ちゃってたんだ‥私‥‥。
横の棚を見ると新しいお花が生けてある。
(お母さん‥来てくれてたんだ‥)
お母さんは私が入院すると毎日、病院に来てくれてれる。
私はお父さんの顔を知らない。
お父さんは私が生まれる前に事故で‥‥。
それから、お母さんは私を一人で育ててくれた。
私は生まれつき体が弱かった‥‥‥
お母さんは私のために一生懸命、色々な事をしてくれるの‥‥。
そうして‥お仕事で忙しい中、こうして会いに来てくれる。
(ごめんなさい‥お母さん‥‥。今日は私、寝ちゃってたから‥‥)
なんだかとても悪い事をしてしまった‥‥。
私は窓の外に目をやる。
そういえば‥‥この間お医者様に手術はいつ出来るのって聞いたんだっけ。
そしたら、お医者様は急に顔を曇らせて言ったの。
どなーって人がいないと私の手術は出来ないものなんだって‥‥。
お医者様はそれ以上詳しく話してくれなかった。
そして私は待ち続ける。
いつの日か‥‥あの夢の中で会えるお友達に本当に会える日を信じて‥‥
その日も私は花壇にいた。
(今日はりりたんに会えるかな?)
りりたんと言うのは、この間お友達になった子の名前ね。
よく、向こうにいるうさぎさん達のお世話をしている子なの。
勇気を出して声をかけて良かった。
もしかしたら‥‥あの男の子にも会えるかもしれない。
ふふっ、なんだか、どきどきする。
そんな事を考えている時、私の視界になにか茶色の動く物が入ってきた。
(!? えっ、何?)
良く見るとそれはうさぎだった。
りりたんが可愛がっている子。たしか、みぃちゃんって言ってたっけ。
良く見るとみぃちゃんの近くの地面にはぽっかり穴があいている。
そういえばこの間、私がりりたんと話している時、
うさぎさん、穴を掘っていたんだ‥‥。
そう、とうとう、その穴はお外につながっちゃったんだ。
みぃちゃんはしばらくの間、おそるおそる周りを伺っていた。
小屋のなかのうさぎさん達はまだ、そのことに気が付いていない。
すると、みぃちゃんはいきなり走り出した。
(あの子‥‥怖いんだ‥‥)
何故か私には解った。あの子は初めて広い世界に出てびっくりしている。
怖いんだ。今まですぐ近くに仲間がいたし、
小屋は外の世界から自分たちを守ってくれていた。
りりたんは良く小屋に来て可愛がってくれてた。
でも、今はそれらが無い‥‥
走るみぃちゃん‥‥でも、その先には‥‥
(だめっ!)
みぃちゃんが走るその先には茂みがあり、その向こうには‥‥道路があった。
私は走る。このままではみぃちゃんは道路に出てしまう!
息が苦しい。でも、そんなこと言ってはいられない。
脳裏にうさぎさんを可愛がっていたりりたんの顔がよぎる。
(だめ!このままだと!!)
あと少しでみぃちゃんに手が届く。あと2歩、1歩‥‥やった!
私はみぃちゃんを捕まえて抱き上げようとする。
もうっ!あなたになにかあったら、りりたんが悲しむじゃない!
‥‥でも、私の指先がみぃちゃんに触れようとしたその瞬間、それは起こった‥。
‥‥私の指先はみぃちゃんの身体を素通りしてた。
(嘘‥‥)
信じられない‥‥何故‥‥どうして‥‥‥‥
‥‥それから後に起こった事は今でも鮮明に覚えている‥‥
自動車のブレーキの音‥‥とても、とても耳ざわりな音。
そして続いて聞こえたあの鈍い嫌な音‥‥‥
私は呆然と立ちすくむ‥‥そして、ぺたりと地面に座り込んだ。
何が起こったのか解らない‥‥
‥‥嘘‥‥本当は分かっている。でも、認める事が出来ない。
信じられない‥‥ううん、違う。信じたくない。
私、私‥‥み、みぃちゃんを助けてあげられなかった‥‥。
私は震えが止まらない‥‥そして、自分の手を見る。
(!!)
透けてゆく‥‥私の手が‥‥
消えてゆく‥‥私自身が‥‥‥。
どうして!? 何故?
その瞬間‥‥私の中に流れ込んできた膨大なイメージ。
大きな河。
その流れはどこまでも穏やかで‥
そして‥‥そしてどこまでも深かった‥。
底が見えない‥‥真っ暗な大河。
その中に一つの光の泡が生まれた。
その泡は小さな弱々しい光を宿していた。
泡は初めから‥‥今にも消えそうなくらい小さなものだった‥‥
周りには何も無い‥‥でも、その泡は消えずに懸命に光ろうとしていた。
そのうち、その泡は二つに分かれてしまう。
他の泡‥‥お友達が欲しい‥‥一人は嫌だよ‥‥。
そうだ、きっと二つになればお友達に出会える機会が増えるかも知れない‥‥。
二つになった泡はお互いに仲間を探して河の中をさまよった‥‥。
そして、その一つは大きな泡と出会った。
その泡は、はじめどこか元気が無かった‥
でも、それと出会った小さな泡はその大きな泡にくっついて懸命にそれを励ました。
きっと、せっかく出会えた仲間が元気なかったのが切なかったのかもしれない‥‥。
小さな泡は自分の中の灯を、その大きな泡に少しだけ分けてあげた。
すると、しばらくして大きな泡は再び強く輝くようになっってくれた。
小さな泡は喜んだ‥‥すると自分の中の光が少しだけ強く輝くようになった。
しばらくすると、その小さな泡は別の、暖かい光の泡と出会った。
小さな泡はそんな仲間に出会えて喜んだ。
その泡の中の近くにいると自分もあったかくなれたから‥‥。
‥‥いつからだったのだろう‥‥私が夕美ちゃんになる夢を見るようになったのは‥‥
いつからか‥‥私は夕美ちゃんみたいになれると信じるようになっていた‥‥。
‥‥日溜まりの中‥‥休み時間に教室で友達とおしゃべりする私。
ただ、なんでもない‥どこにでもあるような光景‥‥。
昨日、帰りにみつけたかわいいお店。
昨日のテレビドラマの話。最近、お気に入りの曲の話題。
好みのタイプの男の子の話題‥‥。
いつも、側には誰かがいる‥‥一人ぼっちじゃない‥‥。
おうちに帰ればおかあさんがいる‥‥。
‥‥放課後‥‥お花の世話をする私‥‥。
しばらくすると、うさぎさん達の世話をするためにお友達がやってくる。
お花さん達にお水をあげた私はお友達とうさぎさん達の所へ‥‥
楽しいひととき‥‥
そして‥‥時々‥‥花壇で出会う事の出来る男の子。
でも‥‥分たれたもう一つの小さな泡は仲間を見つける事ができずにいた。
暗く広大な河の中をさまよい続ける。
そして‥‥その弱々しい光は‥‥‥‥いつしか‥‥
(そ、そんな‥‥嘘‥‥いや‥‥いやぁぁぁぁあああ!!)