…まっしぐらに駆け上っていった、はずだったんだけど…。もう幼稚園には近いんだけど…。
「はぁ…はぁ…ひぃ…ひぃ…」
 アキちゃん、なんだか、とってもつらそうに見える…。ペダルをこぐ足の動きが、なんだか、とっても遅くなってるような気がする…。
「アキちゃん…だいじょうぶ…?」
「心配すんなぁ…はぁ…はぁ…これしきのことでへばっていたら、マッハの壁は破れねぇぜぇ…ひぃ…ひぃ…」
「でも、なんだか、自転車、すごくおそくなってるような気がするんだけど…」
「女子供は黙ってろぉ…ふぅ…ふぅ…」
「でも、なんだか自転車ふらふらしててこわいよ…それに、アキちゃんもまだ子供だよ…」
「こまかいことは気にすんなぁ…って、どわぁあああああぁっ!!?
「きゃあ!?」
 アキちゃんの足がペダルを踏み外した、と思う暇もあらばこそ、次の瞬間、完全にバランスを失った自転車はみごとにすってんころりん。わたしとアキちゃんはもつれるようにして地面に投げ出され…。
「いたあぁい…」もうもうと立ち上る砂ぼこりにせき込みながら、身を起こしてへたりこむ。「って、あれ…いたくない…どうしてかな…」
 それに、よく周りを見たら、横倒しの青い自転車はあるのに、アキちゃんの姿がみえないの!
「わっ、たいへん!アキちゃんがいない!どこいったのよぉ〜、アキちゃーん」
「りりたん」不意にお尻の下から声。「踏むな」
「きゃ、お尻がしゃべった!?」
「んなわけねぇだろっ!」お尻は一気にわめく。「お前がいたくないのは、オレがクッションがわりになったからだっ!わかったらさっさとオレから降りろっ!」
 わたしがぎょっとして飛び上がると、いままでわたしが座ってたところに、アキちゃんが大の字になって倒れていた。
「わぁ、アキちゃん、ごめんなさいっ!」
「ぐへぇ…りりたん重い…しかも、そのヒップは、将来成長したらいい感じになりそうだぜ…」
 わたしは、アキちゃんをその場に残したまま、背を向けて幼稚園の方向に歩き始めた。少し先に同じあずさ組のおともだちが見える。「あっ、ちえちゃーん、おはよー」
「だぁっ!?りりたん悪かった!このていどの減らず口でへそを曲げないでくれよぉ。置いていかないでくれ〜」
 わたしはくるりとアキちゃんの方に向き直った。
「だって、全然だいじょうぶそうだったんだもの、ねぇ?」
「だから悪かったって!とりあえず、お前のダメージもオレが一身に背負った恩を考えて、オレと自転車をおこすのを手伝ってくれよ」
「自転車はおこしてあげる。でもアキちゃんはしらない」
「とほほ…」
 ちょっとかわいそうになってきた。それに、アキちゃんに助けてもらったのはそのとおりだし。
「…もう…しょうがないなぁ。ほら、手を貸して」
「ぐっ…っと。よっこらしょ。いやぁ、わりぃわりぃ。って、いつつ…」
「ア、アキちゃん、だいじょうぶ…?」
「なんのこれしき…オヤジのカミナリの方が効き目があらぁ…これくらい、ジャブだ、ジャブ」
 『じゃぶ』がなんのことだかはよくわからないけど、だいじょうぶみたい。よかった。
「でも、やっぱりちょっとしんぱい…」
「ああ、それでこそやさしいりりたんだ。ラブアンドピース」
「らぶあんどぴー…なに?」
「オレにもよくわからねぇ。ま、とにかく、オレはだいじょうぶってことさ。心配かけたな」
 ちょっと動きがぎこちないけど、自転車を起こしているアキちゃんを見ると、とってもあんしんできる。でも、わたしの下敷きになったのに、よくこの程度ですんだなぁ…。あ、わたし、べつに重くないからね!
「でも、よかったぁ。アキちゃんが大けがしてたらどうしようかと…」
「おおげさだなぁ。でも、いたいはいたんだぞ。そんなにオレの体をいたわってくれるのなら、オレを幼稚園までおぶっていってくれ」
「それはイヤ。おちょうしもの」やっぱりアキちゃんはアキちゃんだった。わたしは早歩きでそそくさと幼稚園に向かい始めた。
「こらっ、ちょっと待てっ!?自転車を幼稚園の連中に見つからないように隠してとめなきゃいけないんだぞ。ここまでタダ乗りしておいてそりゃないぞっ」
 わたしはアキちゃんにあかんべーをすると、後ろの声は無視して幼稚園に急いだ。「あっ、まきちゃん、おはよー」

「あら、アキトくん、どうしたのそのケガ?朝からケンカでもしたの?」
 わたしが幼稚園に入ろうとするころ、アキちゃんが後ろから追い付いてきて、そんなアキちゃんに、門でみんなをおでむかえしていた園長先生が声をかけたの。
 アキちゃんはすまして答えた。「名誉の負傷です」
 そのあと、園長先生から見えないところまで来てから、アキちゃんがわたしにむかってにやりとわらった。わたしも思わずわらっちゃった。しょうがないなぁ、もう。でも、アキちゃんといると、いつもこんななの。わたし、アキちゃんがちょっとしんぱい…でもね、アキちゃんといると、いつもたのしいんだよ。わかるよ…ね?


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