
ききーっ!
運動場全体にひびきわたるような急ブレーキの音。驚いて後ろを振り向いて見てみると、ようちえんの門の前に、まっくろなおおきい車が急停車したところ。と思ったら、車のとびらが全部開いて、中から、これまた黒いスーツにサングラスのおとなの人がたくさん出てきてる。園長先生、門の前に仁王立ちになって黒服さんたちをとうせんぼしてるけど、大丈夫かなぁ…あ、おしつぶされた。黒服さんたち、運動場にどやどやと入ってくる。
「ア、アキちゃん、あれって…」
「げっ!綾音川の黒服部隊かよ。あのお嬢様、今度は何で登園してくるつもりなんだ?たしか前は…」
「M1戦車だったね、アキト」
なんて話してる間もなく…。
「ほらほら、運動場のまんなかにいるとあぶないぞ。端の方によっていなさい」
黒服さんのひとりに、運動場の真ん中からどかされちゃった。わたしたちのまわりの子たちも、黒服さんたちに、やさしいけど、有無を言わさぬって感じでおしやられてる。
「あらららら。どかされちゃった」
「ったくよぉ、戦車で来るんならようちえんの前に停めりゃいいじゃんか。なんでオレたちがどけられるんだろうねぇ、まったく」
「でも、いつもユウちゃん、とってもびっくりののりものでようちえんにくるんだよね!わたし、いつもちょっとたのしみ」
「…まぢか?りりたん、お前はもうちょっとオトナになった方がいいと思うぞ、オレは…」
運動場のまんなかはすっかり人がいなくなっちゃった。黒服さんの一人が、そこに白線でおおきなおおきなマルを描いてる。他の黒服さんたちは、マルを囲むように、一定間隔で並んでる。なんだかいつのまにかにあたりは静かになっちゃって、後は来るものを待つばかり。ユウちゃん、今度は何に乗ってようちえんにくるんだろ…?どきどき。
「…もう何が出てきてもおどろかねぇぞ、オレは…」
…どきどき。
「…おどろかねぇからな…」
…どきどき。
「…アキト、でもアレはさすがにちょっとおどろきだねぇ…」そのとき、ハルくんがつぶやいた。
「は?」
「見てよ」
わたしたちみんな、しばらく前から空にかすかに聞こえてた爆音に気づいてなかったの。その音が今、急におおきくなってきた。ハルくんが指さす先を見ると…。
「まぢかよ、おい…」
空の一点から、ものすごい音を立てながら何かが急降下してくる。それはみるみるうちにおおきくなって…こっちに落ちてきたの!
「あ、ありゃ…ヒコーキか!?ヒコーキか、おい!?」
「しかも戦闘機だねぇ、アキト」
「しかもこっちに落ちてくるときたもんだ!オレたち全員、4年間生きただけであの世行きかよぉ!?」
「アキちゃーん、おどかしっこなしだよぉ…」
「だって、あんなものが墜落した日にゃ、爆発でみんなおだぶつじゃないのか?」
「おだぶつだねぇ」
「く、黒服さぁ〜ん。わたしたちだいじょうぶなの?」
「問題ありません。モホロビチッチは、我ら綾音川グループの擁する最高のパイロットです」
でも、ヒコーキまだまだ落ちてきてるよ…音はもうたえきれないくらい。おなかにびりびりひびくくらいにすごい音。みんな耳を押さえてる。アキちゃんがわたしになにか叫んだけど、もう音がすごすぎてきこえない。わたしたちみんな、おどろきすぎちゃって、足に根がはえたみたいにうごけない。ヒコーキはもう、落ちる寸前!
「ぶつかる〜〜〜〜!」
次のしゅんかん、ヒコーキに2本の足がはえた。足はまっすぐ地面の方を向くと、いきなり今までにも増してすごい音を立てて噴射をはじめたの!すごーい、落ちてくるスピードがどんどんおそくなってる!
「ぎゃ、逆噴射!?」
「足がはえたんじゃないよ。メインブースターが下を向いたんだ。落下のスピードを相殺してる。どうやら、墜落はしないみたいだねぇ」
「ほへぇ〜…すごいね」
「すっ、『すごいね』じゃねぇよ!こっちはキョーフで寿命が1000年はちぢんだぞ!」
「ほへぇ〜…アキちゃん長生きなんだねぇ…」
「そこっ!ミョーな感心するんじゃねぇ!」
ヒコーキは最後はゆっくり降りてきて、地面から少しはなれたところでふわりと浮いたまま止まった。ただ、すごくおおきな音は今でもかわらないし、それに加えて、ヒコーキが噴き上げる砂ぼこりがわたしたちにもふきつけてきてもうたいへん。目も開けていられないくらい。
でも、どうやらそれもおしまいみたい。ヒコーキは宙に浮いたまま、足(ハルくんが言うには『めいんぶーすたー』)を、もとのようにヒコーキのおなかにくっつけて、その先がヒコーキの後ろに向くようにしてから、車輪を出して、運動場のまんなかにゆっくりと着陸。よくみると、まっくろなヒコーキ。
ひいいいいいん…
エンジンが止まった。辺りは今までがうそのようにしずかになった。黒服さんたちは微動だにしない。わたしたちみんながかたずを飲んで見守るなか、ヒコーキのコクピットがゆっくりと開いた。すると…。
ぴょこっ。最初にとびだしたのは、フレンチロールのかかったボリュームのある髪の毛。続いてあたま。
「はわ〜…さすがに逆噴射のGはこたえましたわ〜」
コクピットからふらふらと立ち上がったのは、同じあずさ組の、綾音川ユウちゃん。ひとがいうには「綾音川グループのすーぱーおじょうさま」だって。わたしにはユウちゃんのおうちはすごいってことしかわからないけど。今日のユウちゃんのいでたちは迷彩服。いつもはフリルのついたようなドレスを着てるんだけど、こっちもなんだか、不思議とにあうなぁ。
「ユウちゃーん、こっちこっち、おはよー」わたしはユウちゃんに手を振った。
「あら〜、りりたーん、おはよーございますですわ〜」ユウちゃんもにっこり笑って手を振りかえしてくれる。
「げ。り、りりたん、頼むからあの疫病神をこっちに呼ばないでくれ」アキちゃんが小声でつぶやく。
ユウちゃんは黒服さんに手を貸してもらって、ヒコーキから降りて地面に立った。そうして、またにっこりしてこちらに呼び掛けてくる。
「あら〜、アキトさんとマサハルさんもごいっしょ〜?みなさん、よろしければ、こちらにいらっしゃりませんこと〜?」
「うん、いまいく〜」
「ありがと、いまいくよ〜」
「りりたん、ハル、お前ら正気か?!死ぬほどビビらされた相手に、次の瞬間にはてのひらを返したようになつくのかよ、おい!」
「だって、綾音川さん、おともだちだよ、アキト」
「そうそう。さぁ、アキちゃんも一緒にいこっ!」
「こら、りりたん、手を、手を引くなっ!わかった、わかったって!」
わたしたちは一緒に(アキちゃんはわたしがひっぱって)、白線を踏み越えてユウちゃんの元へと向かった。それを合図にしたみたいに、みんなが歓声を上げてヒコーキに群がった。
「すげー!」
「かっくいー!」
「すごーい!」
「すてきー!」
「こいつら、みんなヘンだ…」うわごとみたいにつぶやくアキちゃんをしりめに、わたしたちはユウちゃんのそばまできた。ユウちゃんは、ユウちゃんの前の席に座っていたパイロットさんとなにかお話ししてるところだった。
「ごくろうさま、モホロビチッチ。あなたの操縦はいつも最高ですわね。あら、りりたん、ごきげんよう。モホロビチッチ、こちらはわたくしのおともだちのりりたんよ。ご挨拶してあげて」
操縦席に座っていたガイジンさんが、わたしの方を向いてにいっと笑った。真っ白な歯がキラリと光った。よく見るとアゴの先が二つにわれてる。
「ハジメマシテ、リリタン・サン、デスネ?オ話ハ、イツモ、オジョーサマカラウカガッテオリマス。オアイデキテ、コーエーデス」
「は、はじめまして…モホロビチッチさん」ちょっとキンチョーしちゃう。どきどき。
「Oh!ワタシノ、ナマエ、舌ヲカマズニイエタノハ、オジョーサマニツイデ、フタリメデース。アリガトーゴザイマスデス」
「ど、ども…」
「それにしてもすごい戦闘機だね、綾音川さん」ハルくんだ。「毎回毎回びっくりしちゃうよ」
「綾音川重工の最新型、AYANE-11ですわ、マサハルさん」ユウちゃんはほほえんで答える。「低空時のドッグファイトで危険なのは地面との接触ですから、その対策に、エンジンを外部に独立させて可動性を持たせてありますの。そのおかげで、先ほどのようにブースターを好きな方向に向けて逆噴射することで、ほとんどの接触を回避することができますわ」
「それに、このミサイル…」翼の下の、先にカメラのレンズみたいなのがついてるミサイルを指さして「シーカーだね」
「ええ。カメラによる目視追尾型ですわ。チャフもフレアもシーカーミサイルの前では無意味ですし」
「対シーカーレーザー用の非線形追尾アルゴリズム…」
「そうですわね。これに狙われたら、AYANE-11の最新型対シーカーレーザーをもってしても防ぎきれませんわ」そこで真面目な顔になって、「このようなもの、使うようなことが起きてほしくはないですわね」
「ほんとうだね」ハルくんもうなずく。
アキちゃんが私のそでをちょいちょいとひっぱった。
「なぁ、りりたん、こいつらの話してること、半分でもわかるか…?」
「ぜんぜんわかんない…ハルくんもユウちゃんも頭いいんだね」
「そういう問題じゃないと思うが…っていうか、こいつら本当に幼稚園児か?」
ユウちゃん、横でぽつねんと立ってるわたしたちに気づいたみたい。はっとした顔になると、ついで顔が真っ赤になっちゃった。
「まぁ、ごめんなさい…りりたん、アキトさん。こういう話になると、つい…わたくしの父は、子守唄のかわりに開発品の設計仕様書を読み上げるような人でしたから…わたくしも…そのぉ…」
ユウちゃん、赤くなって下を向いてモジモジしちゃってる…。
「い、いいってば、ユウちゃん。気にしてないよ」
「オレは大いに気にして…むぎゅ!」アキちゃんの言葉が途中でとぎれたのは、わたしがアキちゃんのほっぺをつまんだから。一言おおいんだから、もう。
「ボクが悪いんだよ、綾音川さん」ハルくん、ガラになくあわててる。「ボクが調子にのっていろんなこと聞いちゃったから…」
「マサハルさん…ごめんなさい…そうですわね、おたがい調子にのりすぎてしまいましたわね。ふふっ」
調子の乗りぐあいがフツーじゃねぇぞ、とアキちゃんが聞こえないくらいの小声でツッコんだ。
わたしはふとようちえんの壁面の大時計を見て…びっくり!もうこんな時間だったの?
「ねぇ、そろそろあずさ組のおへやにはいろう?先生のあさのおはなしがはじまっちゃうよ」
「あら、時間の過ぎるのは早いですわね。そうですね、まいりましょう」
アキちゃんとハルくんもこくこくとうなづく。ユウちゃんはモホロビチッチさんに呼び掛けた。
「モホロビチッチ、ありがとうございますですわ。帰りは車を使いますから、お迎えは結構ですわ」
「了解シマシタ、オ・ジョーサマ」
「おい、アンタがなんにも言わなかったら、コイツまた帰りがけにこのバケモノでここに飛んでくるつもりだったのか…?」アキちゃんがユウちゃんに聞いた。笑顔がひきつってる。
「もともと、モホロビチッチに、わたくしを幼稚園に送るよう言いつけたのは父ですから。でも、日に何度も送迎のためだけにAYANE-11を使うわけにはいきませんものね。モホロビチッチはわたくしの言うこともよく聞いてくれますし」にっこり。コクピットのモホロビチッチさんがにやり。
「モホロビチッチを送り出すのは急いだ方がよろしいようです、お嬢様」不意に後ろから声。
「きゃ!?く、黒服さん…?」わたし、黒服さんが近づいてくるのに全然気がつかなかったから、びっくりしちゃった。
「失礼。で、お嬢様。先ほど我が綾音川グループの諜報衛星『天帝キリストの子ら』から入電がありました。この付近の民家の通報により、自衛隊雨月基地より、当地点に向けてF−18が2機、スクランブル出撃したそうです」
「まぁ大変。モホロビチッチ、お急ぎなさい。見つかりはしないと思いますけど、これは少々厄介ですわ」
「了解。機体チェックノノチ、緊急離脱イタシマス。オジョーサマ、今日モ、ヨイ幼稚園ライフヲ」
「ありがとう、モホロビチッチ」わたしたちに向き直って、「さぁ、まいりましょう」
「なんかよくわからないけど、たいへんそう…だいじょうぶ?」わたしはユウちゃんに聞いてみる。
ユウちゃんはくるりと振り向いた。フレンチロールが宙に舞う。
「心配ないと思いますわよ。AYANE-11はステルス機ですから」
「はっはっはー、そういうことだりりたん。よくわからんがステルスだ。心配するなぁ。はっはっは」
アキちゃん、ヒコーキが飛んでっちゃうって聞いてから、なんだか機嫌がいいみたい。どうしてかな。
あるきだしたわたしたちの後ろで、また黒服さんたちが、ヒコーキに群がるみんなを下がらせていた。飛んでっちゃうんだ、モホロビチッチさん。また会えるといいね。
わたしたちがあずさ組のおへやに入ったころ、ヒコーキがエンジンをうならせて飛びあがった。またすごい音がして、窓ガラスがびりびりふるえたかと思うと、あっという間にモホロビチッチさんのヒコーキは空に向けて飛んでいった。わたしとアキちゃんは並んでそれをお見送り。
「いやーいい奴だったねぇ、モホ…なんとか。男たるもの、一つところに腰を落ち着けちゃいけねぇよ」
「アキちゃん…寅さんみたい」
「モホが運動場を占拠したときはどうなることかと思ったぜ。オレのドッジボールのグラウンドが…」
「え…アキちゃん、まさかドッジボールする場所がヒコーキでふさがれちゃってたから…?」
「い!?あ、い、いや、いやいやいや、そーゆーわけじゃないけどな。わはははは」
「んもぉっ、アキちゃんたらっ」ぽかぽかっ。
「痛い、痛いっちゅーの、まったく…冗談だって!」でもアキちゃん、顔が笑ってるよ。
「もう…くすくす」
ヒコーキが飛び去った後、誰もいない運動場に一人、園長先生が倒れているのには、誰も気がつかなかったみたい。
「綾音川さん…以後、戦闘機で登園するのは謹んで…ほしい…です…ぱたんきゅー」