
わたしたちみんなが楽しみにしてた、今日は夏祭りの日!
わたしは玄関を出ると、かあさまから預かった鍵で玄関にきちんと鍵をかける。今日はとうさまもかあさまも、夏祭りのおてつだいで、朝からずっと広場に出てるから、おうちにはだれもいないの。でも、特にとうさまはね、お手伝いって言っても、ただのお手伝いじゃないの…これから始まる盆踊りで、やぐらの上に乗って、大太鼓をたたくんだ!とうさま、太鼓の叩き手に決まっておおはりきり。昨日なんか、はりきりすぎて、家のなかで太鼓のバチを振り回しちゃって、たいへんだったんだから。
いつも朝にしているように、鳥居をくぐって、3段しかない階段をぴょんと飛び降りる。こんな暗い時間に外に出る事ってあんまりないから、ちょっと不思議な気分。
社の前をよこぎってる坂道のまんなかに立って、坂の下りの方を見ると、薄闇の中、広場に向かう人達にまぎれて、ちょうどアキちゃんが坂をかけのぼってくるところだった。
「おーい、りりたーん」
アキちゃんはすぐわたしのそばまでやってきた。
「アキちゃん、今日はグッドタイミングだね。チコクせずに待ち合わせの時間にこれたじゃない。朝、ようちえんに行くときも、こんな調子でこれれば、チコクせずにすむのにね?」
「ばかやろう。物を喰うときでも、甘いものは腹に入る場所が違うという。それと同じで、一口に待ち合わせと言ってもだな、楽しいことに関してはがんばれるんだよ、オレは」
「アキちゃん…そのたとえ、よくわかんない…」
そういうわたしの姿を、アキちゃんは上から下までじっくりながめた。あんまりまじまじとみつめてくるから、ちょっとはずかしい…。
「…な、なによぉ」
「なぁ、りりたん…盆踊りだから、いつもとちがうよそおいにしたいというのは分かるが…なんで、ゆかたじゃなくて巫女さんの服なんだ?」
「いーじゃない、うちは神社だもん。わたし、ゆかたよりこっちの方が好きだし」
「うーん、解せん…」
「着付けもなれるとけっこう楽なんだよ、ほら」
わたしはアキちゃんの前でくるりと一回転してみせた。袖と裾がふわりと宙に舞う。
「動きやすいし…ね?」
「ん?んー…ま、まぁ、そうかもな…まぁ、それなりに…」
くるっと一回転した後での、アキちゃんの顔がちょっとぽおっとしているように見えたのは、街路灯が見せたいたずらだったのかも…。
「それなりに…なに?」
「…さぁっ、まだ祭りは始まったばかりだ!早いとこハルと綾音川とで待ち合わせた場所に行くぞ!」
おもいっきり話をそらすアキちゃん。わたしは、アキちゃんのセリフの続きが気になったし、ちょっとアキちゃんをからかいたくもなったので、さらに訊いてみる。
「ねぇ、何を言おうとしたの?ねぇねぇ」
「待ち合わせ場所はようちえんの門の前!もしかしたら、もうハルと綾音川は…」ビシィッっと登り坂の先を指さして「待っているかもしれないィィィ」
「ねぇってば!もぅ!」
言いながら、どうにもくすくす笑いが止まらない。
「さぁ、りりたん、敵は本能寺にあり!行くぞ、突撃ィィィィ」
「アキちゃんってば!待ってよぉ〜」
二人して笑いながら、人の合間をぬって坂をかけのぼってゆく。
ようちえんの門についてみると、ハルくんとユウちゃんはもう待ってた。
「わぁ!ユウちゃんかわいい」
ユウちゃんの今晩のよそおいはゆかた。うすい桃色を地色にした染めぬきがすてき。色合いがゆかたと調和した赤い帯は、背中でかわいくちょうちょ結びになってる。いつもはドレスのユウちゃんだけど、こういうのもすてきだなぁ…。
「あら、おほめいただいて嬉しいですわ、りりたん。似合っているか、不安だったのですけれど」
「ぜんぜん大丈夫だよ、ユウちゃん。すごく似合ってるよ」
「まぁ。でも、りりたんもステキですわ、その服」
「そぉ?えへへ」
アキちゃんとハルちゃんは、わたしたちを横合いからながめてるしかなかったみたい…。
「…なぁ、あっちはあんな風に盛り上がってるけど、かたや、いつもと同じ格好のオレたちっていったい何なんだ…」
「綾音川さん、ゆかた姿も似合うねぇ…」
「…祭りだからって、別に着飾る事ねぇじゃんか、なぁハル…」
「悪いことばかりじゃないと思うよ、アキト…綾音川さん、綺麗だし」
ハルくんの視点が、ユウちゃんに吸い付いて離れていないことに気づいて、アキちゃん、首を振ってる。
「はぁ…どいつもこいつも」
わたしたちが広場についたとき、ちょうど盆踊りがはじまった。
いさましい大太鼓の音が夜空に響き渡り、祭拍子がアクセントをそえる。あちこちにたくさん吊るされたちょうちんが広場を明るく照らす中、やぐらの周りを幾重にも輪になった人達が踊り出す。広場に、盆踊りへの参加をうながすアナウンスが流れる。
『さあさ、夏祭りの目玉、盆踊りです!今年の楽しい夏の想い出に、盆踊りを付け加えようではありませんか!みなさま、さあさ、どんどん踊りの輪の中へ!』
踊っている人も、その周りの屋台に群がっている人たちも、やぐらの上で威勢よく太鼓を叩いているとうさまも、みんな、とっても楽しそう!
「うわぁ!もう盆踊りが始まってるんだね!ね、ユウちゃん。わたしたちも踊ろうよ!」
「もちろんですとも。わたくし、盆踊りが楽しみで、練習までしてしまいましたわ。まいりましょう、りりたん」
「で、アキちゃんたちはどうするの?」
「オレは盆踊りなんてガラじゃねえよ。そこらへんの屋台で遊んでる」
アキちゃんはポケットから財布を出してぴらぴらさせる。
「僕もアキトと同じだよ。二人とも、踊りに飽きたら屋台においでよ。屋台の出し物も面白いから」
「わかりました。心得ておきますわ、ハルさん。でも、この人だかりの中、何を目印にしてハルさんたちを探せばいいのかしら…」
「だいじょうだよ、ユウちゃん。わたしたちが踊り終わるころには、アキちゃんたちはきっと…」
「ゲンさんの射的屋の前にいるってことさ。わかってるじゃねぇか、りりたん」
「ふふっ、アキちゃんの活躍、楽しみにしてるからね」
「おう。去年は12発当てたところで、ゲンさんの方に撃たれちまったし。今年は借りを返さないと、な」
「ゲンさん、今年もきっといろいろ用意してるよ。楽しみだね、アキト」
「あの…そのゲンさんの射的屋って…なんだか、ちょっと変わった射的屋ですのね?」
ユウちゃんがいぶかしげにたずねる。
「ああ、すっごく変な射的屋だぜ。面白いけどな」
「う〜ん?」
「その時になればわかるよ、ユウちゃん。さぁ、とりあえずまずは踊りに行こうよ!」
「わかりましたわ。では、その時までのお楽しみ、と言うことにしておきますわ。では、アキトさん、ハルさん、また後ほど」
「ドンパチ始まったら見に来いよ〜、りりたん」
「わかってる、アキちゃ〜ん」
そして、わたしたちは踊りの輪に加わった。とうさまの太鼓にあわせて、足を踏み出し、手を振る。ユウちゃんは盆踊りは初めてだって言ってたけど、それでも、とってもたのしんでいたみたい。わたしは踊りながら、横のやぐらを見上げた。やぐらのてっぺんで、とうさまが一生懸命、大太鼓を叩いている。おなかに響く太鼓の音、うちならされるバチの音が心地いい。今日のために、おおはりきりで頑張ってきたんだもんね、とうさま。うまくできて、よかったね。
わたしとアキちゃんが踊りの輪から抜け出たころには、夜祭りはますます盛り上がっていた。盆踊りの音楽が流れる中、ここに来ているみんなの笑いさざめく声が広場をおおう。
「とても楽しかったわ、りりたん!来年もまた一緒に踊りたいですわね」
「うん。来年も絶対、一緒に来ようね、盆踊り」
広場の入り口からは、まだまだ家族連れが入ってきている。屋台はますます繁盛しているよう。
「そうですわ…アキトさんたちの話していた射的屋さん…ハルさんたち、もうそこにいらっしゃるかしら?」
「うーん…まだだと思うな。アキちゃんたちがゲンさんのところに行ったら、遠くから見てもすぐわかるもん」
「…?」
「おーい、りりたーん、綾音川ぁー」
雑踏が立てる音に掻き消されるまじと、よく通る大きな声でわたしたちを呼ぶ声。わたしたちがふりむくと、ちょうどアキちゃんとハルくんがこちらに向かってくるところだった。
「あ、アキちゃん、ハルくん。やっぱり、まだ射的屋じゃなかったんだね」
「あら、お二人さん。楽しんでいらっしゃる?」
「うん。いろいろな屋台をアキトと二人で回ったんだ。面白かったよ」
「今からいよいよ射的屋に向かうところだったんだけれど、そこでちょうど二人を見つけてな。どうせだから、一緒に行こうぜ」
そう話すアキちゃんたちを、ユウちゃんは不思議そうに見つめた。
「でも、いろいろ屋台を回ったわりには軽装ですのね。わたくし、屋台でお面を買ったりわたがしを買ったりして、帰るころには持ちきれないほどのお土産ができると思っていたのですけれど…?」
アキちゃんがちっちっちっと指を左右に振る。
「ゲンさんの射的屋で遊ぶにゃ、なるべく身軽な方がいいのさ…」
「それに、終わる頃には、景品がどっさり手にはいるしねぇ」と、ハルくんが後を引き取る。
「うー…ますます訳が分かりませんわ…」
「たぶん、実際に見た方がいいと思うよ、ユウちゃん。さぁさぁ、そういうことだし、さっそくゲンさんの射的屋に行かない?」
「そうそう。綾音川、お前のことだから、一回見たら、きっと気にいると思うぜ、この射的屋は。で、ハル、ここからだと射的屋はどこになる…?」
「えーと、ゲンさんはどこに店を構えているのかな…あ、あそこか。じゃあ、行こうか、みんな」
まだ釈然としないと言った顔をしているユウちゃんの背中を押すようにして、わたしたちは射的屋に向かった。ユウちゃんが知らないのは無理もないけど、毎年毎年、アキちゃんハルくんと、射的屋のゲンさんとの射的対決は、夏祭りの楽しみの一つなんだ。ことしはどうなるんだろ。わくわく。
射的屋はなかなか繁盛してるみたいだった。大人から子供まで、みんな的を狙い撃ちして、景品をせしめようとがんばってる。でも…。
「ハルさん…射的屋って、もっと小さなものを想像していたのですけれど…これ、わたくしには、まるで本物の射撃訓練場のように見えますけど…」
「ふぅん…わたし、『しゃげきくんれんじょう』って見たことないけど、ゲンさんの射的屋って本物そっくりなのかぁ。すごいなぁ」
ゲンさんの射的屋──看板には「射的屋『コンバット・シューティング』」って書いてある──は、一人一人が仕切り板の間に入って、奥で流れている標的をモデルガンで撃っていた。とうさまが夜に見ている映画のワンシーンみたい。もちろん、すぐそばには、どこの祭りにもありそうな、ふつうの射的の場所も用意してあるけど。
ハルくんがさらりと言ってのける。
「ゲンさんの射的屋は本格派なんだ」
射的屋のそばに、濃緑の迷彩ズボンに、黒のランニングシャツという、気難しそうなおじさんがひとりすわっていた。でも、アキちゃんが声をかけると、おじさんの顔がぱっと明るくなる。
「オヤジぃ!久しぶりだなぁ!」
「おお…アキト、それにハルか!こいつめ、一年元気にしてたか、おい!?」
「ゲンさん、今年も遊びに来たよ」
「ったく、この一年、いろんな祭りを流れ歩いたけど、やっぱおめぇらほどの腕利きはいやがらなかったぜ。射的の基本は、あの魂をすり減らすような勝つか負けるかの真剣勝負だ。お前らとやり合ったときのことを思い出すと、いまでもゾクゾクきやがるぜ」
「おじさん、久しぶり!元気だった?」
「おう、神社のりりちゃんじゃねぇか!可愛いべべなんぞ着やがって!元気も何も、今日という日のためにこの一年も生き延びてきたぜ。それに、おぅ、その後ろでもじもじしてる嬢ちゃんは誰だい?」
「…あ、あのー…お初にお目にかかります。わたくし、綾音川ユウと申します」
「綾音川…おやおや、あの綾音川グループの一粒種ってのはあんたのことかい!そんな面食らった顔しなくてもいいんだぜ。これから、子の夏祭り最大のビッグイベントが始まるってんだからよぉ!」
一人で夜空に吠えているゲンさんに、アキちゃんが言った。
「吠えるのはいいけどさ、さっそく始めちゃもらえないかな?」
「おう、そう急かすない!忘れちゃいねぇ、今から始めるところだってに」
そういうと、ゲンさんは息を吸い込み、次の瞬間、辺りじゅうに響き渡る大声で叫んだ。
「おら!急遽これから、射的屋『コンバット・シューティング』主催のイベント、『射的対決・凄絶二番勝負』を始めるぜ!こいつを見逃す手はないぞ!暇だったら見ていってやってくんな!」
あたりの人たちがなんだなんだと興味ぶかげに集まってくる中、ゲンさんはハルくんに向き直った。
「さて…まずはお前さんからだな、ハル。おめぇは今年も、スナイパーライフルでいいのか?」
「うん。ルールは去年と同じ…でいいのかな?」
「おう。あそこにある射的台の上にある景品を、おめぇが超長距離からのスナイパーライフルの狙撃で倒す。倒した景品はおめぇのもんだ
。それでいいな?」
「うん」
ユウちゃんが恐る恐るゲンさんに訊く。
「す、すないぱーらいふる…ですの?使うのは、モデルガン、なんですよね…?BB弾は、長距離だと空気力学的に安定させるのが難しいのでは…?」
「ちっちちち。心配ご無用だぜ、じょうちゃん。モデルガンも弾も、俺様が自ら手を下したカスタムメイドだ。そこらへんは問題ねぇって」
ゲンさんは背後の、おもちゃ箱をごそごそさぐると、ハルくんに細長いモデルガンを投げてよこした。ハルくんが前に教えてくれたけど、あれを『らいふる』って言うんだよね…。
「た・だ・し・だ。今回ハル、おめぇに使ってもらうのはPSG-1だ。前回のM18の倍の距離から撃ってもらう。それでも、いいか?」
ハルくんはその『ぴいえすじい・わん』を抱えて少し思案していたけど、すぐに、
「うん、いいよ。やってみる」
と答えた。すごーい、今回は前の倍の遠いところから景品を狙うんだ…。
「倍の距離って…前回はどれくらいの位置から撃ったんですの…?」
「んーとね…前が広場のまんなかくらいだったから…今回は、広場の反対の端から撃つんじゃないかな…?」
ハルくんはさっそく、位置に向かって駆け出し始めた。アキちゃんが「がんばれよ〜」っていいながら、ハルくんに手を振る。ゲンさんは射線に人が入らないように、人払いを始めている。
ユウちゃんは、どんどん、どんどん小さくなるハルくんの背中を見送ってる。ハルくんの姿はますます小さくなる。どんどん。どんどん。
「こ、この距離を隔てて狙うんですの…?」
射的台の上には、クマさんのぬいぐるみ、ムガンダロボのプラモデル、ケロちゃんにんぎょう、カソレンジャーのお面、などなど、景品が8つ。ハルくんは、広場の端のかすかな姿。射線の両脇には、ゲンさんの呼び掛けで寄ってきた見物人のひとたちがたくさん。みんな、かたずを飲んで見守ってる。
アキちゃんが難しい顔をしてその様子を見ている。
「景品は8つ、PSG-1に装填した弾も8発…ハルも冒険するよなぁ。パーフェクトでなかったら、お代はきちんと取られちまうんだぜ。たっぷりと」
「今年はさすがに厳しいかな?ふふん」
「いいや、ゲンさん。ハルだったら五分の勝負になるぜ。去年もハルにパーフェクトやられたの、もう忘れたか?」
「でも、ハルくんだいじょうぶかなぁ…」
広場のはるか反対側、ハルくんはうつぶせになって、脇にライフルを抱えて、スコープを覗き込んで狙撃姿勢を取っている。照準は射的台の上をうろうろしている。その照準が、景品の一つに重なったところで動きを止める。
「くま」
ハルくんはつぶやくと、引金を絞った。
とつぜん、射的台の上のクマのぬいぐるみが、ぽてんと倒れた。音も何もしなかったから、初めは何が起きたかわからなかったけど、ややあって、見物の人たちからどよめきが上がる。わたしもびっくり。すごく遠いのに。
「あ、あてやがった…」ゲンさんがつぶやく。
「やるじゃん、ハル」アキちゃんが嬉しそうに言う。
「すごい…ホントに当たるんですのね…」とユウちゃん。
「ムガンダロボ」
プラモデルの箱が、ぱたりと倒れた。
「ケロちゃん」
ケロちゃんが、もんどりうって倒れた。
「カソレンジャー」
お面が宙に舞った。
4つ目の景品が倒れるころには、当てるたびに、見物の人たちから拍手がおきはじめた。拍手は、次の景品が倒れるたびにどんどん大きくなっていく。わたしもユウちゃんも、いっしょになってせいいっぱい拍手。アキちゃんはにやにやしてる。ゲンさんは青くなってる。
「最後に…おてもやん」
おてもやんの面が、すこーんと弾かれて下に落ちた。
「パーフェクト!」
アキちゃんが飛び上がってさけんだ。
見物の人たちがやんややんやの大喝采するなか、ハルくんはその人の列の間を、歓声を浴びながらてくてくと歩いて戻ってきた。
「景品8つ、いただきだね、ゲンさん」
ライフルを返しながら、いつもと変わらないような気軽な口調でハルくん。
「あちゃー…またおめぇにしてやられちまったか」
「すごーい、ハルくん、さすがだね!」
「ありがとう、りりたん。でも、こんなときぐらいでしか役に立たない特技だし」
ユウちゃんは目を丸くしたまま。
「そんなことないですわハルさん…その腕なら、今すぐ綾音川の黒服の特殊部隊に入っても通用しますわよ…」
「うーん、特殊部隊はちょっと…僕、本読む方が好きだし」
「さて、今度はオレの番だな!」
アキちゃんが立ち上がった。今のハルくんの活躍ですっかり興味をそそられた見物の人たちが、ますますたくさんになって、射的屋のまわりにあつまってくる。ゲンさんも気を取り直して、アキちゃんに向かい合う。
「よおし、アキト…今度は今のようにはいかないからな。おめぇはピストル使うんだよな。ルールは前回と同じでいいな?」
「ああ。射的台の上に景品を並べて、それをオレが撃ち落としていく。ただし…」
「この俺が、ペイント弾を装填したモデルガンのリボルバーでおめぇを狙い撃ち。ペイント弾がおめぇに命中した時点でゲームオーバーだ」
「オレは間にある何枚かのついたてをうまく使ってゲンさんの攻撃を避けつつ、景品を狙い撃てばいい、と…」
「俺の狙いを甘く見るなよ、二丁拳銃!」
「そっちこそ、去年みたいにいくと思うなよ?それにしても、オレが二丁拳銃の使い手だってこと覚えててくれてて嬉しいぜ」
「もち。で、肝心の二丁拳銃は、どのモデルガン使うよ…」
「ゴンス」
「ほぉ。弾数で押そうってのかい」
「ただし、景品も60個並べてもらうよ」
「!」
ゲンさんの顔がヒクついた。
「そりゃまた、随分とデカく出たな…それだけ自信があるってことか?」
「ゲンさんのモデルガンは、すげーしっかり調整してあるから安心だし。それに、前回の借りも返さないと、な」
「ようし、そういうことなら何も言うまい。楽しませてくれ」
ゲンさんはピストルを二丁、アキちゃんに投げてよこした。
「アキちゃん、だいじょうぶ…?」
「心配するなってりりたん。景品、山と持って帰ってくるからな」
「ゴンスで全弾命中を狙うのかい…すごいね、アキト」
「で、そのゴンスって…どんなモデルガンですの?」
「元々のゴンスは、アメリカの警察で使われている銃なんだ。アメリカでも、昔は警官は、日本のニューナンブみたいに、6発装填のリボルバーを使っていたんだけど、銃撃戦のさなかに、リボルバーの再装填中にやられるというケースが多くなってきたので、一度に装填できる弾数の多いゴンスのような銃が採用されるようになってきたんだ。ちなみに、ゴンスの装填可能弾数は30発。映画だと、アーノルド・シュワルツェネッガー主演の『トータル・リコール』で、シャロン・ストーンがシュワルツェネッガーに向けて発砲した銃がゴンスだね、確か」
「説明的なセリフをありがとよ、ハル…」
アキちゃんが両手にゴンスを持って構える。射的台の前にはゲンさんが立ちはだかる。二人の間にはいくつかのついたて。ふいにつむじ風が舞い上がり、落ち葉を夜空に巻き上げて消えてゆく。
ただひたすらに、見守ることしかできないわたしたち。見物の人たちも、かたずを飲んで見守っている。
「このコインが地面に落ちたら…」
言って、ゲンさんがコインを弾く。コインはくるくると弧を描いて飛び上がり、祭りのちょうちんの明りを受けてキラリと光り、落下に移り…。
アキちゃんが腰を落として構える。ゲンさんが、顔の横で構えたリボルバーに左手を沿えて──
コインが落ちた。
ぽふ。
ゲンさんのリボルバーが目にもとまらない速さで構えられ、ペイント弾が撃ち出された。狙いはもちろん、アキちゃんだ。
しかしアキちゃんは狙った場所にはもういない。二丁拳銃を構えながら横っ飛びでペイント弾をかわしたのだ。アキちゃんはそのまま、ついたての一つに転がり込む。
わたしたちは見ていた。横っ飛びの瞬間、アキちゃんのゴンスが、
ぱふぱふぱふ
という情けない音と共に火を吹いたことを。
ゲンさんの背後で、アントラーとウルトラマンのソフビ、それにママガウロのぬいぐるみが倒れた。
「くくっ、くくくく…アキト、そうだ…そうでなくてはなぁ!」
ゲンさんが吠える。嬉しそうだ。
壮絶なんだかそうでないんだか、よくわからない死闘が始まった。
ぽふ。ぽふ。
ぱふぱふぱふぱふぱふ。
アキちゃんは紙一重でペイント弾をかわすと、ついたての裏に転がり込んだ。辺り一面、ついたてといわず地面と言わず、ペイント弾の潰れたことによるペイントで、すごくカラフルになってる。アキちゃんは既に40個以上の景品を撃ち倒している。そのほとんどは、ゲンさんのリボルバーの再装填中を狙って、アキちゃんが集中砲火で撃ち倒したものだ。
「ぐ、ぐぐう…腕をあげたじゃないか、アキト…」
でも、アキちゃん、ペイント弾の直撃こそ受けてないけど、ペイントが飛び散るときの飛沫で服や顔が汚れてきてる。アキちゃん…キレイにしておかないと、後でアキちゃんのおかあさん、怒ると思うよ…。
「あのついたて、事が終わったあとで持って帰ったら、前衛芸術として売れそうですわね…」
ユウちゃんが、色とりどりになったついたての一つを見てつぶやいた。
「へっ、去年みたいにはいかねぇって言ったじゃねぇか。このまま残りもいただくぜ」
アキちゃんが、ついたての後ろで二丁拳銃を構え直しながら言う。
「くくくく…相手に不足なしだ。では、こちらも本気を出していくぞ!」
「なにぃ!?」
次の瞬間、ついたてをペイント弾が激しく打ち付けた。ついたてが震える。
「オヤジ、その弾、3点バースト発射じゃねぇか!モデルガンを変えやがったな!」
「強い相手には、それなりのモデルガンを使って返礼してこそ、コンバット・シューティング射的の礼儀!いくぞアキト!」
「上等!」
弾幕の合間を縫って、アキちゃんがついたてから飛び出した。
ぽぽぽふ。
ぱふぱふ。
さらに景品を撃ち倒して、別のついたてに転がり込むアキちゃん。ゲンさんの猛攻を辛うじてかわしてる。
「オヤジ、今使ってるの、オート9かよ!その銃はロボコップ以外は反則だぜ!」
「やかましい!こっちだって屋台の経営がかかってるんだ、景品を全部取られるわけにはいかん!」
アキちゃんが不敵ににやりと笑う。
「そうかいそうかい…だがな、3発連続発射の3点バーストではな…」
アキちゃんが再び飛び出す。
「狙いが外れたら、弾が余分に無駄になるだけだぜ!」
ふたたびカラフルな戦いが再開された。
そして、遂に極彩色の決戦も決着がつこうとしていた。
「はぁ、はぁ…景品、残りあと4個…オレのゴンスの残弾数も4発…ハズレなし…今年こそ全部いただくぜ…はぁ、はぁ」
「くううぅぅ…だが、景品をこれ以上渡すわけにはいかん…かくなる上は…」
「オヤジっ!またモデルガンを変える気か…」
ぽふーん!
アキちゃんの隠れているついたてが、吹き飛ばされて宙に舞った。アキちゃんは反射的に横っ飛びで別のついたてに転がり込む。
ばふ。吹き飛ばされたついたてが地面に落ちた。
「おいこらオヤジっ!ついたてごと吹き飛ばすなんてアリか!?一体今度はなに使ってやがる!」
「レミントンの12ゲージ。ポンプアクションのショットガンだ!射的屋ゲンのモデルガン技術に不可能の文字はない!アキト、ペイント散弾を喰らえェェェ」
ついたてが飛んじゃうようなもの、アキちゃんに当たったら…。
「ゲンさん!やりすぎだよ〜!アキちゃん、逃げて!」
「りりたん、大丈夫だ!黙って見てろ!」
アキちゃんが再び飛び出す。
「天誅ゥゥゥゥ!」
次々とついたてが空に舞う。ゲンさんはアキちゃんの隠れ場所をどんどん削っていくつもりなんだ…。かろうじて猛攻をかわしていたアキちゃんも、遂に最後のついたての裏に追い込まれた。
「ふふふふ…もう後がないなぁ、アキト?今回もどうやら俺の勝ちだな〜」
「さんざん卑怯くさい手を使っといて何言ってやがる…だがな、まだ終りとは限らないぜ」
「だめだよ、怪我しちゃうよ!アキちゃん、お願い逃げて!」
ゲンさんがショットガンの遊底を引いた。薬莢に似せた圧搾ガスのカプセルが排出される。
「ほざけほざけ。これで終りだぁ!」
ぽふーん!
最後のついたてが宙に舞う。アキちゃんは身を隠すものもないまま、ゲンさんのモデルガンの目の前に…。
「あれ?」
わたしたちは全員、目をうたがった。ついたての裏にいるはずの、アキちゃんがいない!
「なんだと!ど、どこだ、どこにいる!」
ふいにアキちゃんの声。しかも、上から。
「…ゲンさん、アンタの失敗は、オレがまだ4歳のガキで、ついたてといっしょに吹っ飛べるほど体重が軽いってことを計算に入れられなかったことだ」
「アキちゃん、上!?」
満月の夜だった。慌てて上を見上げたわたしたちが見たものは、サーファーのように、宙高く舞ったついたての上に立ち、頭上高くから、ゲンさんに──ゲンさんの背後の、最後の4つの景品に狙いを定めた、空の満月を背にしたアキちゃんの影だった。
ゲンさんの追撃は間に合わない。
「ジャック・ポット!」
ぽふぽふぽふぽふ。
全員の頭上で、アキちゃんのゴンスが4発火を吹いた。特製BB弾は、ゲンさんのそばをすり抜け、狙いたがわず、全ての景品に命中した。
「ふっ、決まったぜ…って、どわぁぁぁぁ!?」
そこでバランスを崩し、ぶざまにうつぶせに落下するアキちゃん。アキちゃんがべちゃりと地面に落ちたとき、見物の人たちが静まり返った。
しかし、アキちゃん、最後の力を振り絞って、地面にうつぶせにはりついたまま、右腕がぷるぷると持ち上げられる。
そして、Vサイン。
次の瞬間、見物の人たちの間で大歓声が沸き起こった。アキちゃんは勝ったんだ!
アキちゃんの手が再びぱたりと地面に落ちるなか、わたしたちはアキちゃんに駆け寄った。
「負けた…」
わたしたちのそばで、ゲンさんががくりと膝をついていた。
「…ちゃん、アキちゃん、アキちゃんってば!」
「ん…」
アキちゃんが薄目を開いた。
「アキちゃん、アキちゃん、だいじょうぶなんだね、よかった…」
「…りりたん…か。どうしたんだよ、涙目になってるぞ…」
「だって、だって、アキちゃんあの後、わたしたちがいくら呼んでも目をさまさないし、もしかしたら、もしかしちゃったのかとおもって…ホントに、ホントに心配したんだからぁ!」
「わかった、わかったから、もう泣くなよ、りりたん…」
「くすん、くすん…」
「無理しすぎだって言いたいんだろ。まさかゲンさんがあそこまで本気になるとは、こっちも思ってなかったしなぁ…でも、やりすぎたよなぁ、オレも。心配かけちまったな…ごめん」
「いいんだよ…アキちゃんがだいじょうぶなら…それで…」
「…なぁ、りりたん…」
「…なに?」
「オレ、もうちょっと横になってるわ」
「…うん…」
りりたんの膝枕もいいものだな、と思いながら。
「…で、その瞬間、オレはついたてに必死でつかまってたわけよ。ゲンさんのショットガンでついたてもろとも吹っ飛ばされたときは、もうダメかと思ったけど、その時、オレの天才的洞察力によって、これは大逆転のチャンスだって思ったのさ」
祭りの救護テントの中で、身ぶり手振りを交えてわたしたちに話すアキちゃんを見て、かあさまはちょっと呆れ顔。かあさまは、この救護テントでお手伝いをしてたの。気がついたアキちゃんを、この救護テントに担ぎ込んでから、しばらくたつ。
「それだけ元気があれば、もうまったく大丈夫みたいね。わんぱくなのは男の子のいいところだけれど、無茶しすぎるのも考え物だと思うわよ、アキくん」
「うーん、それを言われると面目ない…」
それでも、一応大事を取って寝ているように、と言うかあさまを、なだめすかして出てきたアキちゃんに、救護テントを出たところで、大きな紙袋が投げ渡された。
「うおっと…とと。なんだ?」
「おめぇの取り分だ。景品60個。確かに渡したぜ」
ゲンさんだった。恥ずかしそうに笑ってる。
「…ボウズ、最後の一撃、ありゃあ…見事だったぜ。あれじゃあ、俺が勝てないはずだぁ」
アキちゃんが微笑む。
「あれはただの偶然だよ。運がよかっただけさ。それに…」
紙袋をゲンさんに投げ返して、
「やっぱ、さすがに60個は多いわ。とりあえず預かっててくれよ。祭りの最後に、ホントに欲しいものだけもらいに行くからさ」
ゲンさんがニヤリと笑う。
「ったく、本当に欲のねぇガキだなぁ。なんなら、あの思い出のゴンスもつけるぜ」
「いや、あんなものを振り回すのは、ゲンさんの射的屋だけでたくさんだよ」
ゲンさんは虚を突かれた顔をしたが、一拍おいて大笑いした。
「ちげぇねぇや、ボウズ、ちげぇねぇ」
そのうち、ゲンさんは笑いを引っ込めて、
「また…来年だな。その時は正々堂々、一発の撃ちあいでいこうや」
「ああ、来年な!」
アキちゃんとゲンさんは、再戦を誓って固い握手を交わした。
ユウちゃんがワタシのそばにすすすっと寄ってきて、そっと耳打ちする。
「拳で語る男の友情…ってもの…でしょうか?」
「さぁて、今日はもういろいろあったし…もうお開きにする?」
「ば、ばかも休み休み言えりりたん!そりゃいろいろあったがな、まだ夜祭りの時間は半分残ってるんだぜ!なのに、夜祭りのメインイベントをこなさずに帰るなんて話があるか!」
「ア、アキちゃん、そのメインイベント、って…」
「もしかして、あの、その…」
「出し物のきもだめしのことかな、アキト」
「その通りッ!夏の風物詩と言えば、盆踊りに、ゲンさんの射的屋に、それにきもだめしだ!これを経験せずして、その夏を語るなかれ!さぁ、いくぞ!みんな!」
「あっ、アキちゃん、まってよぉ〜」
「りりた〜ん、これ、どうしても行かなければいけないのですの…?」
「アキちゃん、ああなると誰にも止められないよ…」
「ホントに元気だなぁ、アキト…」
わたしたちは、ホントに呆れるほど元気なアキちゃんのあとを、しぶしぶ追いかけていった。