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バトルフィールド・アース

『バトルフィールド・アース』
監督:
ロジャー・クリスチャン

原作:
L・ロン・ハバード『バトルフィールド・アース』

キャスト:
ジョン・トラボルタ
バリー・ペッパー
フォレスト・ウイテカー
キム・コーツ
サビニ・カーセンティ
リチャード・タイソン

関連リンク:
公式ホームページ

つれづれなる最近見た映像文化
地球は戦場だ!たぶん。

 去年も映画をいろいろ観に行ったけれど、「2000年マイベスト映画を挙げろ」と言われたら、絶対に欠かせない作品が2つありますですね。
 1つは、大人のILMが香港の行き過ぎたパワーと結託した結果、実写なのに全編これドラゴンボールと化してしまった素晴らしすぎるアジアン映画『風雲・ストームライダーズ』。敵役に千葉真一、主演にはアーロン・クォック、イーキン・チェンを配したこの作品、天下を狙う天下会の首領・雄覇(ホンパ)の2人の弟子、風(フォン)と雲(ワン)が、師の野望を知ってその阻止のために戦う…などというストーリーはもはやどうでもよく、ただひたすらに観ている間、凄すぎて笑いの止まらないバトルの数々を堪能すればよし!という映画偏差値30のボクにも楽しめまくり、のステキ映画。普通、勢いに任せた映画だと、途中必ずダレるのだが、この映画の場合、普通のシーンも凄すぎて笑いが止まらないという素晴らしい出来。既にビデヲレンタルされているので、見かけたら即レンタル推奨。
 でも、今回のお題はもう1つのほう。
 その映画の主演はジョン・トラボルタ。『フェイス・オフ』でニコラス・ケイジと面の皮を交換されてたりした肉厚の彼である。実は彼には隠し属性として「サイエントロジー信者」っちゅうのがあるのだな。サイエントロジーというのは、L・ロン・ハバードというヒトが興した新興宗教で、ハリウッドではかなり信者が多いらしいデス。たぶんアメリカ版「幸福の科学」みたいなもんなんだろう。詳しくは知らんがきっとそんなもんに違いない。
 で、その開祖のハバードさんはたまたまSF作家だったりしたわけで、今回の映画の原作は、もう察しもつくだろうけどL・ロン・ハバード原作。製作にはトラボルタ自身も入ってるし、こうなるともうどうトラボルタ本人が否定しても、
 信者が敬愛する教祖のために映画を作った
というふうにしか見えません(笑)。ワタシ的にはこの映画は、アメリカ版『太陽の法 エル・カンターレへの道』みたいなもんではないかと。詳しくは知らんがきっとそんなもんに違いない。

 というわけで、今回そんな映画がめでたくビデヲレンタル開始されたので、レンタル開始記念に…と思ったらもう全部貸し出し中でやんの(涙)。しょうがないので、今回はパンフと劇場鑑賞時の記憶を元につれづれっていこうかと思います。いろいろな意味でだいぶ危険ですが気にしないことにします。

 というのもこの映画、サイエントロジーがどうの…などという舞台裏はもはやどうでもいいくらいの愉快な映画だったからである。

バトルフィールド・アース
20XX年、地球は突如として現れた異星人・サイクロ人によって制圧された。
30XX年、わずかに残された人類は、僻地で細々と命脈を保つか
サイクロ人の奴隷として生活するしかなかった。
しかし…!

 いろんな余分な前知識はあったにせよ、一応ハリウッド謹製のSF大作、わくわくしながら映画館の席につくわたくし。いよいよ始まる本編。が、冒頭にどんな掴みでワタシのハートをゲッチュしてくれるかと思ったら、サイクロ人が地球を制圧するまでの過程はいきなり語りだけで全終了。わずかな不安を覚えるワタシの前にまず現れたのは、ロッキー山脈で北欧ブレイブハートな生活を送っている人類の末裔の光景なのだった。衣装は毛皮、集落を囲む粗末な木の柵、ボロいあばら屋、狩りに焚き木と、メイドイン人類のテクノロジーが微塵も残ってないその凋落っぷりは、あやうく今自分がSF映画を観ているんだということを忘れかけるほどである。
 ところがどこにも無鉄砲な若者はいるもので、「おらこんな村いやだ!おら東京さ行くだ!」と言って(言ってない)村を出て行こうとする者がいた。主人公ジョニーである。ジョニーは、「山の向こうには神がいてお前を連れ去ってしまうぞ」とかなんとかそんな内容の壁画を見せながら説得する長老やいい仲の彼女の制止を振り切り、白馬に乗ってぱからんぱからんと村を出て行ってしまうのだった。はたして、ニューヨークとおぼしき大都市のなれの果てまで出てきたものの、ジョニーはそこでサイクロ人に捕らえられてしまう。

 そこでシーンはもれんもれんと転じて、サイクロ人居住区のバーに。バーでは地球統治長官のタール(トラボルタ)がくだ巻きまくりである。タールはもうすぐ地球での任期を満了し、サイクロ本星に栄誉ある帰還を果たす予定なのだ。おお懐かしの故郷。なんでもいいがこのタール、とにかくもう滅茶苦茶にカリスマ性皆無な人物として描かれており、このシーンでも、バーテンダーに向かって「俺がサイクロ本星に帰ったら、お前のことなんかボロクソに言って失墜させてやる」とか、フォレスト・ウィテカー扮する腹心の副官に対しても恩を仇で返すような言動を繰り返すという、長官という度量を微塵も感じさせないチンケな小悪党っぷりをスクリーンの前の我々に見せつけるのであった。人物小さすぎ(笑)。
 そんなこんなしてるうちに、テレポート装置で本星からの使者到着。栄転を言い渡されると信じて疑わないタール。いよいよ使者との面談に望むタール。

 使者「タール君、君は今まで大変よく地球長官として勤めてくれた」
 タール「そりゃあもう…で、これでやっと私はもう…」
 使者「よくやってくれたので、君はこれからも地球長官だ!」

 この映画が只者ではない片鱗を見せ始めるのはここから。使者の「これからも地球長官だ」の台詞は、なぜかすごいエコー効果と共に言い渡されるのだ(本当)!

これからも地球長官だ…!
地球長官だ…!
地球長官だ…!
地球長官だ…!
地球長官だ…!
地球長官だ…!

 予想だにしていなかった宣告に、必死になって食い下がるタール。しかし使者はタールの見苦しい請願を一蹴、最終宣告を、これまた何故かエコー効果と共に言い渡すのだった。

君は一生地球長官のままだ…!
一生地球長官のままだ…!
一生地球長官のままだ…!
一生地球長官のままだ…!
一生地球長官のままだ…!
一生地球長官のままだ…!

 無意味なエコーの連発の面白っぷりにワタシが腹筋をひくひくさせているころ、シーンはまた変わり、再びサイクロ人居住区のバー。事実上の島流し宣告を受けた傷心のタールがべろんべろんに飲んだくれている。「ツケで酒をくれ」とバーテンダーに頼むも、そこはつい先ほど面と向かって馬鹿にされたばかりのバーテンダー、すげなくタールの頼みを拒否。自業自得のタール、残った酒を抱えてふらふらとバーを出て行くのであった。いや、ワタシも映画はピンからキリまで観てきましたが、

 敵のボス(しかも異星人)が足腰立たなくなるくらいべろんべろんに飲んだくれるという姿は初めて見ました(笑)。

 …長官の権威もへったくれもありゃしないな…(笑)。

 しかし、そこに副官が耳寄りな情報を持ってくる。居住区からはるか離れた土地に、有望な金鉱脈を発見したというのだ。金。どうやら全宇宙で価値は共通らしい貴金属・金。そこで不意にタールにインスピレーションが!

 金掘り出す → 発掘した金をサイクロ本星に上納 → サイクロ本星嬉しい → 金上納したタールえらい → タール本星に栄転

 おお、タールばんばんざい。ここに「タールくんの金を掘り出して本星に帰るぞ計画」が発動したのであった。
 …なんて壮絶に小さい野望なんだ(滂沱)!

 しかし、ここで大きな問題が持ち上がる。金鉱脈の近くに放射性物質の反応が認められたというのだ。サイクロ人が呼吸する、サイクロ本星大気の主成分である呼吸ガスは、放射線と反応して爆発するという大変厄介な性質を持っているのだ!地球大気の中では鼻ボンベ装備で呼吸しているサイクロ人。なんということだ、せっかく金があっても、放射線がすぐ近くにあるんじゃ、近づくことすらできんじゃないか!
 …いやワタシは何も言わんぞ…。サイクロ人が宇宙の覇者まで進化するまでに、宇宙からの放射線とかでよくサイクロ本星が爆発せずにすんだなとか、それ以前にそもそも呼吸ガスって一体どんな組成やねんとか、気になることは死ぬほど山とあるがワタシは何も言わんぞ…(笑)。

 そこでタールは考える。サイクロ人が近づけないのならば、地球人に金を掘らせればいいじゃないか!
 というわけで、やっとこジョニー君再登場。既に最初に捕らえられたときに脱走しかけ、その時に持ち前の利発さを発揮していたジョニーにタールは白羽の矢を立てる。とりあえずテストということで、隠しカメラのバッジをそれとなくつけられ、わざと脱走させられるジョニーとその仲間たち。隠しカメラの映像を見ながらタールと副官曰く、

 「隠しカメラ、見つかったりはしないでしょうか」
 「大丈夫だ。地球人はバカだ。隠しカメラだと気づくわけがない」

 …次の瞬間、カメラは見事に見つかって外されてしまってどっとはらい。

 まぁなんとかジョニー達を連れ戻したタール。一応テストには合格。ただいかんせん、つい先日まで北欧ブレイブハートな生活をしていたジョニーには、金を掘り出すために必要な基本的知識が欠けまくっている。というわけで、サイクロ製学習マッシーンにかけられるジョニー。学習マシーンの効果は素晴らしく、露天堀りの知識どころか、サイクロ語から高等数学の知識から武器の使い方に至るまで、どう考えても金掘り出すだけならいらないであろう知識まで詰め込まれるジョニー。学習が完了したとき、そこにいたのは、ここ千年ばかり地球にはいなかったであろうスーパー肉体派文化人・ジョニーであった。
 仲間のいる檻に戻ったジョニーは明らかに異質な存在に早変わり。みんなが日々の飯の話をしているときに、ひとりだけ三角関数の講釈たれてたりする。さっそく身に付けた知識を生かして脱走しようとするジョニーだが失敗。だが、タールらサイクロ人は警戒するどころか、「金を運ぶときに輸送手段が無きゃ困るだろう」とばかりに、サイクロ人の輸送機の操縦法までジョニーに教えるのであった。頭大丈夫かサイクロ人。

 ここでふとパンフレットのストーリー紹介欄を見ると、結びに「タールは、何故危険を冒してジョニーに地球の知識を教えたのか?タールの抱いている壮大な陰謀とは何なのか?果たして人類は、強敵、タールの裏をかくことができるのか?」なんて書いてありますが、実際に映画を見るともう笑い話にもなりませんですね。これ書いた人、苦労しただろうなぁ…。

 いよいよ金を掘り出すことになり、駆り出されるジョニーら地球人たち。サイクロ人は送り際に「お前たちのことは、監視システムが見張っているから、何かおかしな真似をしても無駄だぞ」などといって去っていくが、その実、件の監視システムというのは、時々偵察機が地球人の頭上をばびゅーんと飛び去っていくだけの穴だらけの監視体制なので抑止力皆無。鬼の居ぬ間になんとやら、出先の金鉱脈で着々と反乱の準備を進める地球人たち。「偵察機がきたぞー」という見張りの声があったときだけ金掘るふりをしながら。
 で、その反乱の準備もけっこう本格的。そもそもサイクロ人が地球を制圧した方法というのが、サイクロ人の呼吸ガスが詰まったタンクを地球に投下して地球人窒息…てなもんだったから、当時の軍事設備とかがけっこうそのまま残ってたりするわけで。軍事施設の位置や武器の使い方は賢いジョニーくんがみんな知ってるし、今の地球人にはサイクロ輸送機という足もある。というわけで、あっちの軍事設備で無傷のハリヤーをしこたま手に入れたり、こっちの軍事施設で核爆弾を見つけたり、と着々と準備を進めるジョニー達。上納用の金はかつての連邦政府が備蓄していたインゴットがあるから大丈夫。即席でハリヤーの操縦法を覚えるんだ、とか言って、蛮族みたいなヒトがシミュレーターに乗って訓練したりしてます。筐体ががこがこ動いてます。なんかアミューズメントパークのゲームみたいで楽しそうです。あんなのでハリヤーに乗れるようになるんだったらワタシもやってみたいです。

 かくして反乱開始。そりゃあれで反乱できなかったら嘘だろ。サイクロ居住区を覆うカバーを破壊すれば、地球のサイクロ人を一網打尽にできるということで、ジョニーたちが居住区に爆弾を仕掛ける一方、外部ではサイクロ人の戦闘機とハリヤーが空中戦。ハリヤー、つい最近まで文化度ゼロだったヒトが操縦してるとは思えません。やっぱりワタシもやってみたい(笑)。
 最後は尊い犠牲の数々で、カバーは破壊され地球からほとんどのサイクロ人は一掃。一方、テレポート装置を使って核爆弾をサイクロ本星に転送したため、放射線に反応する呼吸ガスに満たされたサイクロ星は核爆発どころではなく、一気に惑星ごと宇宙の塵に。最後は皆が勝利を分かち合ってるところに朝日が昇ってくるというお約束なシーンが出てきて、さぁこれでスタッフロール…

 …と思っていたワタシが甘かった(笑)。

 ラストシーン、実はまだしぶとく生き残っていた(笑)タールの顛末が見られるんですがどんなのかはナイショ。こればっかりは是非、映画史上に残るトホホなエンディングシーンを堪能していただきたいものです。絶対朝日のシーンで終わってた方がよかったって(笑)。


 監督はロジャー・クリスチャン。『スターウォーズ・エピソード1』の第2班監督らしい。個人的には、ジャージャーが戦場で逃げ惑っていたらいつのまにやら形勢が逆転してたとか、アナキンが隠れた戦闘機がたまたま敵の母艦に飛んでって決着がついちゃったとかの行き当たりばったりさ加減は全部この人のせいだと思います(笑)。ワイプでシーンを切り替えるのもエピ1と同じだし。そういえば、よく考えるとただの辺境惑星の通商問題だった、という問題のスケールの小ささ加減では『バトルフィールド・アース』と通じるところがあるかもだ。通じるなよ。

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