
R戦隊。それが俺たちの編隊名だった。
俺、そして俺の仲間たちは、数時間前からずっとコクピットに収まって、出撃の時を待っている。今回の作戦では、だれもかれもが慎重に慎重を期さなければ気がすまないらしい。数分前から、これでもう何度目か数える気にもならない、<ゲート>の稼働状況チェックが行われている。
俺はヴァイザーの中で嘆息すると、チューブから栄養水をすすった。俺と、その愛機R-5が鎮座しているのは、大型指令ステーション<コマンド・バンカー>内の宙戦機用カタパルトだ。暗いトンネルの中で、一定間隔で備えられた単調な照明が、前方に向かって延々視界の果てまで伸びている。そして、その先は…宇宙。遥か彼方にぽつんと開いた射出口から、星空がかすかにのぞいている。そして、その星空を真っ直ぐに進んでいけば…軌道上に<ゲート>が設営されているはずだ。
<ゲート>は、人類の、空間物理学に対する勝利の証だった。作戦編入時のブリーフィングで、その動作原理については散々講釈されたが、結局、俺には基本的な事柄しか分からなかったが。
これから、俺たちR戦隊が通過することになる<ゲート>は、軌道上に浮かんだ、半径100mのリングが24基連なったものだ。そして、24基目のリング…エントランス・ゲートが、位相空間への穴を穿つ。位相空間は、この宇宙との時間空間座標からは解放されている高次空間だ。だから、位相空間に突入し、そこから、再度この宇宙に突入することができれば、この宇宙の、光速その他もろもろの制約を無視した、任意の空間への即時転移が可能となる。
そして、この<ゲート>は、本当にそんな芸当をやってのけるらしい。
この理論が現実化したのは、ごく最近の話だが、<イナゴ>の脅威に屈服しかけているこの惑星と、統合惑星防衛機構には、そんなことは問題にならなかった。<ゲート>の戦略的価値をいち早く見抜いたシューストレイト長官は、<ゲート>関連事項に対して、即座に最高度の優先順位を与えるよう指示を出した。そして、その指示の元、<コマンド・バンカー>近傍の静止軌道上に、実用化に足るだけの<ゲート>構造物の設営が開始される一方、敗色濃い戦局の打開を図った、今回の、起死回生の反攻作戦「Rオペレーション」が立案されたのだった。
そのために、今俺が搭乗している宙戦機、特務決死戦闘艇「クエイドR」がロールアウトされた。クエイドRは、母艦に帰還することを想定して設計されていない。クエイドRに求められるのはただ一つ、敵勢力を殲滅するまで、戦力の続く限り、戦い続けることである。
クエイドRには、ミサイル等の、弾数に制限があるような兵装は搭載されていない。全ての兵装は、光学・エネルギー兵器である。そして、そのエネルギー源として、従来の宙戦機搭載のジェネレータの他に、<コマンド・バンカー>内の専用反応炉とクエイドRのジェネレータとを、極小の<ゲート>で接続する形式が取られている。<コマンド・バンカー>で生成されたエネルギーは、機体内に生成された極小ゲートを介して、クエイドRのジェネレータに直接注ぎ込まれる。このおかげで、火力の大幅増強が可能となり、理論上の戦闘継続時間を事実上無限大にまで拡張することができるのだ。
(もっとも、そのおかげで…)
と俺は思う。
(乗員の方も、普通の奴では荷がかちすぎるようになってしまったがね)
この作戦に選抜されて最初の1ヶ月、俺たちは徹底的なジーンセラピーを施された。担当の医師は、俺たちに対して、遺伝子・肉体操作は部分的なもので、君たちを人間の範疇から逸脱させるほどのものではない、と受け合った。ほら、目玉は2つ、指は5本、玉はふたつ、コックはひとつ。だろう?
それでも、いくら高Gに対する耐性が高まり、持久力が桁外れになり、知覚力や反射能力が高まったといっても、こうコクピットに何時間も縛り付けられたところで、尻も痛くならず、からだの節々も痛まず、尿意も催さず、意気も消沈しないなんて、やはり人間ではないと、俺は思う。
(…それでも、な)
悪魔に魂を売ってでも、死ぬ前に一度、<イナゴ>のケツをこっぴどく蹴りあげてやりたい。俺の隣から消えていってしまった仲間の宙戦機乗り、地上から消えてしまった故郷のために、俺はそうも思うのだ。
<コマンド・バンカー>の中央発令所は、緊張感の張り詰めた沈黙に包まれていた。
司令官、ミハイル・ブローカイン将軍の元に、たった今、全ての最終チェックが完了した旨、報告が届いた。これで、作戦発動に至るまでの段階が全て終了したことになる。あとは、ブローカインの一声で、全てが動き出すことになる。
(…長かった…)
<イナゴ>の攻撃は、日々激しさを増していた。数ヵ月前には、宇宙軍は絶対防衛圏を縮小しなければならなかった。戦力が不足し始めたのだ。そうしてさえ、絶対防衛圏は、もはやあちこちに穴の空いた水嚢だった。迎撃網をかいくぐった<イナゴ>の軍勢は、外気圏軍の必死の戦力展開にもかかわらず、つぎつぎと惑星表土へ落着した。トウキョウ、ブエノスアイレス、ニューヨーク…世界に名だたる大都市は、いまはない。それらの都市の摩天楼は、<イナゴ>の手によって、奇怪なものへと変容していた。隆起し、陥没し、ねじくれ、空に向かって呪われた手を伸ばすかのように身をよじらせる、人間がかつて作り出したものの末路…。逃げ遅れた人々のことは考えない。考え出したら、その重みに耐えられなくなる。
終わらせるのだ。今度こそ。
今日の日のために、ブローカイン麾下のスタッフは、全てを犠牲にして尽くしてきたのだ。無謀とも言える反攻作戦のために。
<イナゴ>の戦力が展開している、その最深部…そこに存在が確認された、<イナゴ>の全戦力を統括する中央制御システム艦…暗号名「バラシェーボ」。その宙域に、<ゲート>で、<コマンド・バンカー>からの直接戦力搬送路をこじ開け、少数精鋭の宙戦機編隊を送り込む。途中に展開する<イナゴ>の全戦力を迂回し、敵の中枢を直接叩くのだ。
勝算は極めて低い。バラシェーボ周囲に展開されている戦力の状況は、ほぼ未知数。バラシェーボ自体の防衛力も未知数。
(それでも、そこに希望があるのならば、我々は、それを掴み取らなくてはならない…)
ブローカインは、発令所スタッフ全員の視線が、自分に注がれているのを意識していた。彼らの目には、一点の迷いもない。ブローカインはかすかに視線を上げ、そこで、中央モニターに写し出されている、5人のクエイドR搭乗員と目があった。全員、目に炎のような決意を漲らせている。隊長機、R-5のパイロットが、かすかに頷いた。
次は、おそらく無い。絶対防衛圏は、崩壊しつつあった。今この瞬間にも、宇宙のどこかで、宙戦機乗りたちが散っているのだ。
(迷う必要も、なかったのにな…)
ブローカインは姿勢を正した。静かに息を吸い込む。次の言葉に、全員の想いを乗せて。
「Rオペレーション、発動」
機体の下で、ゲート・ドライブが脈打っているのが感じられる。<コマンド・バンカー>反応炉から、極小ゲートによって送り込まれたエネルギーを、ドライブが推力に転換しているのだ。コクピットに充填された耐衝ジェルが、俺の体をやんわりと押さえ付ける。コクピットに満たされたこの液体のおかげで、俺たちは高Gのかかる運動下においても、体を保護することができる。ミルクの中を泳いでいるようなこの感覚とも、もう馴染みだ。
そして、全てを支配するのは高揚感。数ヵ月にわたる、地獄の悪鬼も逃げ出すような訓練に、この日のために耐えてきたのだ。
あれほど長く感じられたカタパルトも、射出で疾走すればあっという間の距離だった。射出口を抜ければ、そこはもう宇宙。カタパルトでの閉塞感が、霧のように消えていく。クエイドRは推力全開で飛行していた。視界に、先行して射出された4機が、<ゲート>突入に備えて、最後の姿勢制御を行っている姿が入ってくる。2分後には<ゲート>を抜ける。姿勢制御には十分すぎるほどの時間だ。
俺も機体を動かそうとして、ふと、訓練で何度となく眺めてきた星空に違和感を覚える。隅々までなすことを心得ている体に操作を任せ、空間走査センサーに目をやった。次の瞬間、息が止まりそうになった。
クエイドRの進行方向からやや外れた宇宙空間に、突如として閃光が走った。閃光は見る間に膨れ上がり、瞬く間に巨大な光の渦動と化した。そして、渦動の中央部、もはや光たりえない一点…最後に、そこから光の波紋が広がったかと思った瞬間、ゲートウェイが確立した。誓ってもいい…ゲートウェイの奥に見えたのは、見知らぬ星空。そして、ゲートウェイから吐き出されてくる、無数の物体。これは見なくてもいい…何が現れたかなど、見なくても分かっている。
発令所は、突如として火がついたような騒ぎの渦中に突きおとされた。
あらゆるモニターがレッドアラートを表示し、警報音が閉ざされた空間に響き渡る。喧騒をついて、オペレータの声が伝わってきた。
「第3級ゲートウェイ開口を確認…座標220・143・99…<ゲート>至近です!」
現在に至るまで、宇宙軍は<イナゴ>が<ゲート>のテクノロジーを所有している証拠を発見できなかった。仮に所有しているならば、もっと早い時期にこういった事態が起きていただろう。ブローカインの頭の中は、一瞬だが疑問で埋め尽くされた。なぜだ、なぜ今の時期になって、敵が<ゲート>を…。
理解は突如として訪れた。
「この…物真似機械めが…」
<イナゴ>には、人類が作る<ゲート>を観察する時間が豊富にあったのだ。観察し、用途を類推し、自前で同じような動作を行う機械を作るだけの時間が。
誤った仮説かも知れない。が、ありがたいことに今はそれはどうでもいい問題だ。
「オペレータ、防衛状況を報告。ジョン=ディー隊は現場に向かっておるのか」
オペレータも衝撃から立ち直りつつあった。麾下にいつまでも騒いでいるような部下を揃えた覚えはない。
「スターシールドが稼働を開始しました。こちらに向かってくる敵機を含めて迎撃しています。ジョン=ディー隊は現場に急行しています。ですが、<ゲート>にはイナゴ側が先に着く模様です。敵のゲートウェイの方が位置的に優位です」
「こちら側の<ゲート>に、敵ゲートによる干渉バイアスが発生。こちらのゲートウェイを安定させるために、予備システムを稼働しました。ですが、予備システム程度では、ゲートウェイを安定させておくのは10分が限界です!」
ブローカインは歯噛みした。まったく、見事なまでの奇襲だった。情けないことに、こちらにはこのような、予測もしない事態に対する備えがほとんどない。
が、ここまで来て、全てを水泡に期させるわけにはいかない!
「全部署に通達。スターシールドは全戦力を<ゲート>方面に集中。LF爆雷を敵と<ゲート>の間に拡散パターンで射出。R戦隊がゲートウェイを抜けるまで、何としてでも、敵を<ゲート>に取り付かせるな!」
宇宙は、突如として閃光の洪水と化した。
俺の機体の遥か上方を、数えきれないほどの光の槍が通過していくのが見える。<コマンド・バンカー>周囲に展開している、迎撃戦闘衛星群、スターシールドが攻撃を開始したのだ。
<イナゴ>の戦力の幾分かは、なすすべもなくスターシールドの速射粒子砲に貫かれて沈んでいく。だが、大半の戦闘機械群は、たくみに攻撃を躱して、そのまま進行しつづける。その先にあるのは…。
<ゲート>。<イナゴ>は<ゲート>を破壊するつもりなのだ。
「R戦隊、R戦隊…」突如として通信。<コマンド・バンカー>だ。「スターシールドとジョン=ディー隊が諸君の援護を行う。R戦隊は予定通り<ゲート>に向かえ。オーバー」
俺は、もはや肉眼でも捉えられるようになった<ゲート>に目をやった。いまいましいことに、R戦隊の先頭機のR-1が<ゲート>に到達するには、まだ間がある。一方、<イナゴ>は、R戦隊が全機<ゲート>を通過する前に、間違いなく<ゲート>に取り付き、粉々になるまで破壊できるだろう。
流れ弾が、俺の機の回りにも飛んでくるようになった。モニタに戦局を表示させるまでもなく、このままでは、R戦隊のほとんどは<ゲート>を通過することができないだろうと、俺には分かった。スターシールドでは、とても<イナゴ>を全機叩き落とすことはできない。ジョン=ディー隊は、主にロードブリテンで構成された宙戦機隊だ。クエイドRほどの加速も出せないのに、どうして<イナゴ>より先に<ゲート>に辿り着けるというのか。
しばし、俺は、戦局も読めない無能な本部への怒りを感じた。ついで、不意に理解した。
俺たちは人類最後の希望なのだ。こうなった以上、どちらにせよ<ゲート>は破壊される。それが分かっている以上、破壊前に、R戦隊の一部でも<ゲート>を通過することに賭ける以外、本部に何ができたというのだろう。
俺は己れの無力さに対する無念を圧し殺しながら、R-5の姿勢制御に集中した。俺たちが一人でも多く<ゲート>を通過することが皆の望みなのだ。
…本当にそうだろうか?
疑念が心に忍び込んだ瞬間、俺は豁然と自分のなすべき事を悟った。
我が身を張り倒してやりたい気分だった。何のためのクエイドRだ!今、切実に必要なのは、この瞬間に<ゲート>にいて、味方の騎兵隊が到着するまで、ゲートウェイを死守することのできる戦力だ。ここにあるじゃないか!自分の今乗っている、史上最強の宙戦機が!
俺は操縦管を引いた。機体はぐっと機首を持ち上げ、ゲートウェイの突入経路から離脱した。命令違反など知ったことか。懲罰房に閉じ込められるのは、どうせゲートウェイを抜け、バラシェーボを沈め、鈍行船に拾われて何週間もかけて<コマンド・バンカー>に帰ってきた後の話だ。俺は通信を生き返らせた。
「R-4、こちらR-5。応答せよ」
「…こちらR-4。カーツです。隊長!」反応は迅速だった。「一体…」
「よく聞け。現時点より、俺がゲートウェイを抜け終えるまで、お前がR戦隊の暫定隊長だ。俺は<ゲート>の防衛にまわる」
「!それなら…」
「議論している暇はない。一機でも多くゲートウェイを抜けなければならないのは、お前にも分かるだろ。後詰めは一人で十分だ。聞き分けてくれ、カーツ」
カーツはR戦隊の中でも、一二を争う優秀なパイロットだ。俺の無二の親友でもある。こういうときのお互いは知り尽くしている。一瞬して、カーツの顔に決然とした表情が戻った。
「…わかりました。我々は<ゲート>を通過します。露払いは任せてください」
「頼りにしてるぜ」
「…こんなところで、死なないでくださいよ」
「言わずもがな」
「こいつがこんなところでくたばるタマに見えるか、カーツ」不意に別の声が割り込んできた。R-3のウォレンだ。「…もっと言ってやりたいところだが、時間がなさそうだな。了解したぜ、隊長さん。<ゲート>のお守りは頼むぜ。俺たちは向うで待ってるからな」
「了解。武運を祈る」俺は通信を切り上げた。お互い、これ以上無駄口を叩いている余裕はない。
俺は改めて前方に目をやった。<イナゴ>はますます接近してきている。いよいよ、だ。逆説的なようだが、この光景を見て、俺は奇妙に落ち着いた。今までの訓練で培った自身の表れか。
「さて、と」
「R-5、あの馬鹿者は、任務を放棄して、一体何をやらかす気なのだ」とブローカイン。
オペレータの一人が報告した。「R-5が火器管制システムを活性化させました」
HUD、ヘッドアップディスプレイに情報表示の花が開いた。火器管制システムを解放した今、HUDからの情報は爆発的に増えている。この時ばかりは、認識力増強がありがたかった。
俺は既に敵の戦闘機械群への狙いを決めていた。奴等は間の抜けたことに、それほど拡散展開していない。これは、LF爆雷の格好の的になる。俺は主兵装をLF爆雷にセットした。機体がかすかに震える。機体下部から、射出用のリニア・アクセラレータが展開したのだ。
LF爆雷は、厳密には超凝集高エネルギー粒子塊だ。射出後しばらくは、凝集したまま飛んでいくが、じきに爆散しようとする力が凝集しようとする力を上回る。その瞬間、全てのポテンシャルを輻射エネルギーとして爆発するという算段だ。低出力レーザーで小突いてやることによって、点火のタイミングを調節してやることもできる。クエイドRは、このLF爆雷を同時に3発搭載することができる。発射した後でも、時間が経てば、LF爆雷は機体内で再生成される。エネルギー重視の兵器の利点だ。
俺は、特に密集した3つの集団に狙いを定めた。
(ランチャー自己診断。異常無し。照準よろし…装填…射出)
機体が3回震えた。星屑めいた光が、<イナゴ>の集団に向かって飛んでいく。俺はすかさず回避行動に移る。凝集度最大で一気に撃ち尽くしたのだ。巻き添えは御免だ。
俺が離脱を図り、LF爆雷がその行程の中程を通過した頃、やっと<イナゴ>が攻撃に気づいた。隊形を乱して、LF爆雷の光から逃れようとする。
もう遅い!次の瞬間、LF爆雷が閃光を放った。火球が爆発的に広がり、逃げ遅れた<イナゴ>を次々とその餌食としていく。続いて2発目、3発目も爆発し、同じ光景が繰り返された。
俺は悠長にその光景を眺めていたわけではなかった。安全圏内から機首を巡らせ、再び<イナゴ>に向けて突撃する。主兵装切り替え…可動型マウントガンポッドだ。HUDにガンレティクルが浮かび上がり、機体の左右から物々しいエネルギー・キャノンの銃身が飛び出す。可動型の利点は、ターゲットを長い間照準内に収めておけることだ。
<イナゴ>はまだ先ほどの攻撃から立ち直れていない。俺は、ガンポッドの火力を解放した。
「LF爆雷の爆発を確認」中央モニターに、3つの火球が写し出された。
「あやつめ…帰ってきたら、この私直々に叱責してくれる」ブローカインは呟いたが、その口元には笑みが浮かんでいた。
俺は機を急旋回させた。クエイドRは胸の悪くなるような飛行を難なくやってのけ、敵の弾を紙一重で躱した。ナノボアのスキンスーツが肌に張り付き、対衝ジェルが高Gを相殺する。同時に、ガンレティクルに収まった敵機に、ガンポッドの一掃射を浴びせかける。<イナゴ>がまた一機、瞬く間に四散した。
「これで…15機」そろそろカウントが怪しくなってきた。
<イナゴ>は猛り狂って俺の後を追いかけている。俺は、わざとスターシールドの火線に飛び出して<イナゴ>の自滅を誘ったりしながら、戦い続けている。<ゲート>は無傷とまでは行かないが、とりあえずは無事だ。俺はR戦隊の仲間のことを思った。彼ら全員、無事にゲートウェイを抜けた。俺の最低限の責務は果たされたのだ。そろそろ我が身のことを考えてもいい頃だ。
「R-5、至急その空域を離脱してください」不意に通信。錐揉み飛行のさなかで、今更何を、と思いかけて、思い直す。通信が何を意味するかが分かったからだ。そろそろ、尻に帆をかけて逃げ出す頃合らしい。
俺はゲート・ドライブを再び最大推力にする。クエイドRは荒馬のように跳ね上がると、たちまち<イナゴ>を引き離し始めた。イナゴと俺の間に向けて、星ならぬ輝きがいくつも漂ってきている。近い!
俺がそろそろ大丈夫かな、と思った瞬間、視界が一瞬白く染まった。さしもの俺もさすがに青くなり、クエイドRにさらに鞭をくれた。しばらくした後、わずかに機首を起こして上をみると、いくつもの火球が視界一杯に広がっていた。<コマンド・バンカー>が射出したLF爆雷がやっとこの空域に到達したのだ。危うく巻き添えになるところだった。
突如、横合いから、幾つもの光弾が駆け抜けていった。俺はぎょっとしてトリガーに指をかけたが、それが何であるかに気がついて、指を下ろした。これは、味方の騎兵隊の弾だ。その認識を裏付けるかのように、ほっとするような通信が入った。
「R-5、こちらはジョン=ディー隊のマシュー大尉。自分がR-5の露払いをいたします。急いでゲートウェイに向かってください。ゲートウェイはもう幾ばくも保たないそうです」
それほど安息すべき内容ではなかった。門限近くまで遊びすぎたらしい。
「了解、大尉。先導、よろしくお願いする」
マシュー大尉のロードブリテンと俺のクエイドRは<ゲート>に向かって加速を開始した。背後では、ジョン=ディー隊が、<ゲート>に向かおうと必死の<イナゴ>たちを食い止めていた。
<ゲート>に接近してみると、自分がどれほどの瀬戸際にいるのかがひしひしと伝わってきた。<ゲート>を構成するリングは、流れ弾のおかげで、未だに形を保っているのが不思議なくらい損壊している。そして、最奥のエントランス・ゲート…ゲートウェイの渦動は、流れが不規則になっている。タイムリミットだ。
先導していたロードブリテンが、コースを外れた。ここからはクエイドRの一人旅だ。ロードブリテンはしばし平行して飛行し、翼を振った後、未だ背後で戦っている仲間のところへ戻っていった。
俺はしばしその姿を見送ると、正面のゲートウェイに向き直った。渦動を真正面から覗き込むのはもちろん初めてだ。心のどこかで、理不尽な恐怖が頭をもたげてくる。
俺はゲートウェイを抜ける前にひと暴れしてしまったが、これで終わったと錯覚するほど能天気ではない。これからなのだ。それを思った瞬間、ゲートウェイの向うで待ち構えている敵の中枢に対して、新たな闘志が燃え上がった。
どうだ。死にもしなけりゃ、<ゲート>を破壊させもしなかったぜ。それどころか、俺は再びゲートウェイに突入しようとしている。先行した4機と一緒に、バラシェーボを叩く。人類はこれまで、散々打ちのめされてきた。だがな、いつまでもドランカーになっていると思ったら大間違いだ。懐に刃物を突きつけられて、どこまで平静でいられるか見物だな、<イナゴ>よ。
ゲートウェイに突入する瞬間、通信が入ったような気がした。それも、鉄の尻、ブローカインの親父からだ。
「R-5、君の他の仲間にも伝えてくれ、我々は君達R戦隊を誇りに思い、信じている。君達が武運と共にあらんことを…」
聞こえたような気がする。しかし、空耳に違いない。そのとき俺とクエイドRは、エンジンブースト全開で、息も絶え絶えのゲートウェイに突入していたからだ。視界が白く染まる。俺は力を抜き、愛機が高次空間を駈けるに任せた。